控室に戻ったスザクは仮面を取ると、ソファにぐったりと背中を預け天井を仰いだ。
一兵卒からナイトオブゼロまで、軍事階級の上から下まで経験したスザクだが、これほどまでに心身ともに疲弊したことは無い。いや、心身と言うよりは前者の方がずっと大きいのだろう。精神的疲労が肉体まで及んでいるのだ。
脳裏ではまだ先のシュプレヒコールが響いている。ゼロ、ゼロ、と民衆が待ち望んだ救世主を讃える声。それはまるでスザクへの贖罪のようだ。
兎に角、今は何も考えたくは無かった。これからのこと、これまでのこと、この先ゼロが果たす役割、直面する問題。
今は全て忘れて、ただ放心していたかった。
「そんな格好で転がっていたら服が皺になる」
もしこの場にルルーシュが居たらまさにそういうだろうと、スザクの思考はその言葉をすんなりと受け入れる。彼は今しがた自分がこの手で幕引きをした人間、枢木スザクと言う個人は死に、素顔を晒すことは許されない立場であると言うのに、脳はあっさりとそれを忘却していたらしい。
暫くして、漸くその事態が妙なことに気が付く。
「C.C.」
顔を天井から戻せば、緑色の髪の少女が立っていた。
スザクは彼女の名前を静かに呼ぶ。だが、彼女がそこに居ることも、服装が拘束衣や騎乗する時のものとは異なることに格段疑問は抱かなかった。
「あいつならそう言うだろうな」
笑ってC.C.は言った。
スザクは表情を引き締め、気にかけていたことを問う。
「――――彼は」
「ジェレミア達が運び出した。無事か否かの判断は任せる」
それは無事と言う言葉の基準による。だからスザクは言及はせず、ただそうとだけ呟いた。手筈はスザクがしておいたから、彼女がそう言うのならジェレミアはちゃんとやってくれているのだろう。
C.C.も肩を竦めただけで、特に何も言わなかった。
「私は、旅に出る」
少し流れた沈黙の後、彼女は自嘲にも似たものを顔に浮かべて言った。ただ唐突に、行き先も告げず、ともすれば独りごとのように思えるような声音だった。
スザクの瞳はC.C.を捕らえたままだったが、驚く形相は全く見せなかった。寧ろ、悟っていたような表情を見せる。
C.C.の契約相手であったルルーシュはもうここには居ないのだから、彼女が留まる理由もない。
加えて言えば、スザクは前々からそう思っていた。C.C.は決して口に出さなかったが、計画が成就したらきっと姿を消すのだろうと思っていた。
世界がギアスに翻弄されたと言うのなら、与える側の人間は消えるべきだ。
彼女が自分と似ているのなら、至る結論だって似ているだろうに。
「追ってくるなよ、枢木スザク」
そう言った時にはもう、彼女の表情は彼女らしい得意げなそれに戻っていた。
「もうその名前は捨てたよ」
スザクは苦笑する。互いをからかい合う会話だと分かっていたから、少しだけ笑うことが出来た。
「そうだったな」
C.C.もまた得意そうに笑った。
ずっと捨てたかったはずなのに、スザクはまだ彼女のように名を捨てられない。
「―――C.C.」
すっとスザクの表情が真面目な面持ちになり、声も少し低くなった。
「なんだ?」
「君がルルーシュから聞いていることは?」
ルルーシュが自分に何かを隠しているとは思えなかったが、聞いておきたかった。
「無いな。あいつが私に言ってお前に言わないなどある筈ないだろう?」
「………。僕に隠していることは」
スザクが詰問するような調子になっていたが、C.C.は語気を強めるようなことはしなかった。
「それもノーだ。お前とルルーシュは最初と最後だけ嘘の無いふたりで居られた。違うのか?」
最後は、スザクに何かを諭すようでもあった。
嘘の無い世界。誰もが仮面を外して曝け出す世界を否定し被り続ける明日を選んだ。彼の遺志を継ぐのなら、彼を信じるべきだ。
「…違わない」
「なら話は早い。これでさようならだ」
別れを告げる言葉とは思えないような声音だった。もう互いに成すべきことは成したからと言わんばかりでもあったが、その一方でまたどこかで会うような気もした。
C.C.が先の結論に至ったのならば、彼女が姿を見せることなど無いだろうに、スザクはそう思った。
「スザク」
くるりと身を翻し、扉の開閉ボタンを押そうとしたところでC.C.は再び捨てたと言う彼の名前を呼び、ちらりと視線を投げた。
「ルルーシュを追うなよ?」
そんなに心配されているのかと、別離の言葉のあとのそれにスザクは溜息半分で答えた。
「出来ないと知ってて言ってる?」
「ひとつ方法があるだろう?ジェレミアにはよく言っておいたらしいが、ルルーシュが一番懸念していた」
あれこれ心配しているルルーシュの姿が目に浮かんだ。そういえばCの世界の一件からこの3カ月、彼の口から出てくるのは計画や他人の心配ばかりだった。
「僕はルルーシュに信用されていない?」
肯定される筈がないと知っていて訊ねる。自分も人のことを言えたものではないとスザクは自答した。
その答えは、とうに、彼から聞いている。
「まさか。信用していたからこそ、そこにその仮面があるのだろう?」
C.C.はローテーブルに放置されている仮面を一瞥する。世界の期待を背負う運命の重さを知っていて、それを託した相手を信用していないことは絶対にない。
「………。」
スザクもその仮面を見た。これからそれを被って、世界を救った英雄として生きてゆくことになる。
「今でもお前を信じているかも知れんぞ?」
次にC.C.が言ったのは、冗談の混じった言葉だった。
「それこそまさか、だよ」
スザクは苦笑を浮かべた。それは無い。Cの世界は人の集合意識であって、ルルーシュ個人のそれではない。
「…そうだな」
C.C.は後から思えば意味深に、己に言い聞かせるような調子で僅かに笑みを見せた。
「じゃあな、スザク」
「うん」
最後まで彼女はスザクをスザクと呼んで、部屋を出て言った。うん、なんて他に言う台詞があったように思うが、永遠の別れでは無いと頭のどこかで思っていた。
スザクは立ち上がって、ゼロの衣装をクローゼットに仕舞う。これから長く付き合うことになる衣装なのだから、大切にしなければと思いながら。
C.C.がそのあとどこへ向かったのか、この時のスザクは何も知らない。
2009/12/01
パレード直後。早速まとまりの無い感が(苦笑)
次は多分意味深な発言のC.C.のターン。