05.Lacrimosa



 歴史は、世界は、所詮一面的に過ぎないことをコーネリアは知っている。
 そして今の世界も同じことが言えると、また、思っている。



 ゼロによる皇帝ルルーシュの暗殺からひと月が巡った頃、コーネリアに臨時政府から一通の要請書が届いた。
 新生ブリタニアの暫定代表に就いてくれないかと言うものだった。
 この一カ月、コーネリアはコーネリアなりに国の復興を手伝ってきた。滅びはしたが祖国は祖国。元々、ブリタニア人とナンバーズを区別するべきだと考えていたコーネリアには、母国に対する愛着とプライドがあった。なんとしてもこの国を立ち直らせてやる――そんな青臭いことを言うような年では無いが、そのような気持ちが彼女にはあった。
 しかしそれは飽くまでもひとりのブリタニア人としてであって、皇族としてではない。
 だからその要請はきっぱりと断った。それでも政府要人は元皇族は知名度が高いだのあれこれ理由を述べていたので、ならば私で無くとも良いだろうと言い返してやった。他人に面倒事を押し付けるという訳ではないが、そこは考え様である。シュナイゼルの目的を知った時は正直どうなのかと彼の全てを疑ったが、彼もあれから――ルルーシュとの決戦後から随分と変わった。表面的なことではなく、根本的な何かが変わった。だからシュナイゼルなら引き受けるかもしれなかったし、ナナリーもまた然りである。
 そんなことをらしくもなくつらつらと述べると、文書で辞退されて直談判にやってきた政府要人は表情を曇らせた。
「恐縮ですが、シュナイゼル殿下は兎も角ナナリー殿下は……」
 なるほど、皇帝ルルーシュに捕らえられ処刑されそうになったと言うことだけでは無いらしい。コーネリアは語尾を濁す要人の言葉を待った。
 要するに、逮捕不逮捕と言う問題ではなく、ナナリーがルルーシュの実妹と言うことがネックらしい。
 神聖ブリタニア帝国の最後の皇帝にして極悪非道の悪逆皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。彼が国内にだけではなく、世界に及ぼした影響は計り知れない。貴族制の解体、ナンバーズの解放とそれまでは良かったが、従わない者に対する冷酷な弾圧、フレイヤ弾頭の所持、ジェノサイド。世界を恐怖のどん底に陥れた皇帝の印象は簡単に払拭できるものではない。それが臨時政府の悩みの種でもあるのだ。――そんなところに彼の実妹を代表に据えるなど、以ての外と言うのだろう。公の場で実兄を擁護する発言をされては困るのだ。
 …そう。かつてナナリーがエリア11に総督として赴任した際、行政特区日本の再建問題を口にしたように。
「しかし、その点では私も同じではないのか?」
「次の皇帝の座を争っていた、と言う事実は世間にも広く知られております」
 恐る恐る、更に言いにくそうにして要人は言った。確かに、広くと言う言葉が相応しいかどうかは疑問だがそれなりに知られていることは事実だ。
「そのことではない」
 とコーネリアは静かにそれを否定した。そうして、虚を突かれた文官に目を向ける。
「私は行政特区日本で当時のイレブン――日本人を虐殺したユーフェミアの実姉だ。…忘れたか?」
 ナナリーをルルーシュの実妹だと言うのなら、コーネリアにも同様のことが言えると言うことだ。彼女はルルーシュに汚名を着せられたに過ぎず、真実を知っているコーネリアからすれば今でも唇を噛み締める思いである訳だが。
 政府要人は言葉を失った。ルルーシュとユーフェミアではその規模が違う、と反論要素はあったのだろうが、それをコーネリアに言っても無駄だと思ったのだ。皇帝ルルーシュの悪行で彼女のそれは半ば忘れ去られているが、その事実は消えない。
 コーネリアの意志は変わらないと判断した文官は、一礼して引き下がろうとした。これ以上の交渉は、時間と労力の無駄でしかないのだ。ならば他の方法を考えた方が良い。
「擁護する発言をされては困る、と言ったな?」
 退出する間際、コーネリアは要人を引き留めた。掛かると思っていなかった言葉に戸惑いながらも要人はコーネリアの方を向いた。
「ナナリーは擁護したりはしないさ。世界が明日を踏み出し続ける限りは、な。皇帝ルルーシュは妹にさえ庇って貰えない皇帝だった。それはナナリーを代表にする理由にならないか?」
 その言葉に文官は目を見張った。ナナリーを推す真意は分かりかねたが、コーネリアは臨時政府に協力する気が皆無と言う訳ではないらしい。それが分かっただけでも十分だった。
「――参考にさせていただきます」
と、再度恭しく頭を下げて出て言った。扉が閉まることを確認して、コーネリアは小さく溜息をついた。
「…我ながららしくないことを言ったな」
 ひとりごちて苦笑した。
 どちらかという選択肢を付けるまでもなく、コーネリアは物事をはっきり表現することを好む。勿論、周囲に知られてはならないことを話さなければならない場合なんかは仕方がないが、基本的に回りくどいことが嫌いだ。言葉あそびの類は、シュナイゼルやかのルルーシュなどとは違って好きではない。得意でも無い。
 だから、世界が明日を踏み出し続ける限りナナリーはルルーシュを擁護しないと口にしたのが、コーネリアは自分でも少し不思議だったのだ。
 確かにコーネリアの思うところではあるのだが、それは根拠でも無ければ結論でも無い。恐らく先の使者は何を言っているか分からなかっただろう。
 コーネリアは椅子に背中を預け、天井を仰ぎ見た。もう一度溜息を吐き出す。
 正直を言えば、ルルーシュ暗殺の一連の出来事に関しては、引っかかるところがいくつかある。


例えば、あの公開処刑パレード


 皇帝ルルーシュに逆らった者の公開処刑。それ自体は、歴史を鑑みれば、それほど希有なものではない。勝てば官軍負ければ賊軍と言う故事があるが力を持つ者が正義なのだ。世界統一を果たしたルルーシュが実行したことに不思議はないし、もともとブリタニアはそう言う国だった。弱肉強食の一部と言えばそれまでだ。
 但し、だ。あれは本当にルルーシュ不測の事態だったのか、と振り返れば思うところがある。
 最も信頼の置く騎士を失ったとは言え、あれを本当に周囲が対応出来なかったのか。仮にそうだとして、ゼロが厳重な警備網を潜り抜けたとしても、ひとりでは絶対に不可能だ。だが今のゼロには協力者と言う協力者が周囲に居ない。外部に協力者が居るのなら、その影がどこかに出てくるだろう。皇帝ルルーシュ暗殺と言う行為に無報酬などあり得ない。
 更に言えば、あの公開処刑が一部の者に限定されたかと言うことも引っかかる。
 本人の言葉を借りれば、「私に反逆したもののうち特に重罪に値するもの」だそうだが、コーネリア自身は兎も角、同じ黒の騎士団幹部でも対象外とされた人間もいた。大宦官の一件で手を組んだ中でも星刻や天子は対象とされたのに対し、その手先だった香凛などはルルーシュの手から免れたこと。隠れて生きることにはなったが、逮捕されることさえなかった。ルルーシュに脅されながらも彼の元で働いていたロイドやセシルなどは牢獄行きだったと言うのに。
 それに、コーネリア自身に関してもいくらでも理由はあったはずなのだ。自分が即位したときそれを認めずシュナイゼル側に付いた、それがフレイヤによる殺戮を生んだなど、世界を統べたルルーシュなら濡れ衣を着せることなど簡単だったはずだ。


 それに、ルルーシュが気付かなかったと言うのか。


 ユーフェミア程ではなかったが、皇族の中では親しかった方だからルルーシュの頭の鋭さや思考の切れは良く知っている。その記憶が正しければ、ルルーシュが気付かなかったとは考えにくい。皇帝ルルーシュは己の危険性に頭が回らないほど墜ちていた、それが身を滅ぼしたと言えないことは無いが、納得のいく結論では無い。都合が良過ぎている、とでも言うべきだろうか。否、はっきりした言葉にすることはできないが、何かがおかしいのだ。
 加えて言えば、ナナリーにしたってそうだ。
 コーネリアがユーフェミアを愛していたように、ルルーシュもナナリーを愛していた。その逆も同じことが言えた。少しの間離れ離れになっていて、再会した時に兄は変わっていた。ルルーシュのしたことは確かに許されることではないが、兄の全てを否定できるだろうか。これは先に言ったことと矛盾するが、要人がナナリーがルルーシュを擁護しかねないと言ったのは最もなことだ。ギアスと言う科学では証明できない力の存在を知っている以上、ルルーシュは誰かに或いは何かしらの理由で自分にそれを掛けられたなどと思っても不思議ではない。コーネリアがユーフェミアの行為を信じられなかったように、疑ってもおかしくない。寧ろその方が自然だ。それなのに、何故、彼女はあそこまで非難出来るのか。

ここに、ひとつの仮定がある。

 ルルーシュが何かしらの――例えば、戦争とは別の方向に世界を導く――ために、憎悪の対象ですらあった国の皇帝になり、文字通り国を破壊したと言うのならば、多くのことに腑が落ちる。ルルーシュが処刑する人間を限ったのも、あの時まさにコーネリアが先陣を切ったように、ルルーシュを悪者に祭り上げるため。ナナリーがルルーシュを否定し続けるのは、それがルルーシュの願いだから。ダモクレスの決戦でルルーシュはナナリーと接触しているから、口裏を合わせることは可能。自分の兄が死ぬ計画に加担することを直ぐに納得するか否かはまた別の問題として存在するわけだが。
 コーネリアはもう一度溜息を吐く。それに答えてくれる人間は既にいないのだからこの仮定に意味は無いと分かっているのに考えてしまう。かつては軍人だったから、争い事が無いことに対する不安だろうか。全く、こんな人間が新生ブリタニアの暫定代表になど笑ってしまう。

「―――お前だったらどう考える、ユフィ?」

 誰かに問いかけると言うよりは独りごとに近いそれは、彼女以外居ない部屋に少しだけ響いて、消えた。

*Postscript*
タイトルと合致してませんが、本編?のサイド話と言うことでひとつ。
暫定代表の件は最終話当初は何も思わなかったのですが、考えてみるとあれ?と思って。
すんなりナナリーに要請した訳ではないだろうと。
ともあれ、コーネリアさんが少しでも気付いてくれると良いなぁと言う希望的観測であることには違いありません←え