昔、足を銃で撃たれて自分の足で歩けなくなった。 2010/05/28
心の病でつい最近まで目が見えなかった。
結局それは言い訳に過ぎない。
残るのは何も知らなかったという事実と知ろうとしなかった自分への後悔だけ。
幸運と言うべきか、ナナリーの涙はどさくさに紛れた。
ゼロと言う喝采で泣き喚いた声は掻き消され、解放された人々はその喜びを讃え合ったが、多くは黒の騎士団の関係者だったので、ナナリーにはそれもなかった。
顔見知りと言えばシュナイゼルやカレンくらいのものだが、彼らが特に声を掛けてくることはなかった。
拘束を解いてくれたのはゼロで、ナナリーはその仮面の中を知っていたが何も言えなかった。
言える筈がない。全て自分は蚊帳の外で、彼のそれは兄が描いたシナリオなのだから。
その彼を、スザクを、責められる筈がない。
兄は自分を計画に関与させるつもりは微塵もなかった。スザクやC.C.、咲世子やニーナなどはゼロレクイエムの一役を担っていたが、カレンやミレイ、他の生徒会の面々は真意から遠ざけられた。ナナリーもそこに入れられた。ただそれだけのことだ。
強いて言えば、ルルーシュはナナリーに人より憎んでくれることを期待していた。ギアスによる記憶の欠落の時間が終わりを迎えた瞬間に、直前の言葉と本心を隠すような顔を見せたのはその一端だ。事実、あの時ナナリーはルルーシュが仮面を被っているとは思わなかった。あれが本性なのだと思っていた。そして最後の最期まで騙された。
兄の願いを行動の意味を知ったからと兄の擁護などしたら、きっとルルーシュは赦してくれないだろう。だからナナリーは仮面を被る。スザクとともに。
*
悪逆皇帝の死と帝国崩壊の混乱の中で、ナナリーに暫定代表と言う役回りが回ってきた。
その名の通り、一時的にブリタニアの代表となって欲しいと言うのだ。世界的にも国内的にも名が知られていると言うのが主な理由だった。
それが何故コーネリアやシュナイゼルではなくナナリーに白羽の矢が立ったのかと言うと、二人が揃ってだが別々の場所でナナリーを推したらしい。自分たちは特定の分野に視線が偏っていて、主観的判断になることに加え、植民地時代にしたことを考えると各国からの印象が悪く、旧エリア11をエリア格上げに向けて尽力していたナナリーの方が代表に向いていると。いざと言うときに総合的な判断が出来ると。勿論、臨時政府側もそれは薄々分かっていたのだが、危惧していたのはナナリーがかの皇帝ルルーシュの実妹と言うことだ。かつて一度廃嫡された兄妹であるから大々的に知られている訳ではないが、聞くものが聞けば分かってしまう。これからは信用と誠実さが求められると言うのに、名を故意に隠すなど以ての外だ。
だが結局は、ふたりに頑なに固辞されたことが影響したらしい。聞くところに聞けば、彼らは別々の意味で同じことを言ったそうなのだ。ナナリーはルルーシュを擁護などしないと。
ナナリーは、暫定的であることを再度確認したうえでその役を引き受けた。申し入れをされたときは流石に戸惑いもしたし、回答するまでに時間を要したが、新生ブリタニアの礎に必要とされているのならば、と思ったことが大きかった。戦争責任を問われるのが至当の自分たちが――たとえ歴史の表舞台からは早く去ることが望ましいとしても、何もしなくて良い筈がない。無知蒙昧に理想だけを語り、世界と無関係ではいられない。そして最終的に、ルルーシュの願いに背中を押される形となったことは、オブザーバーとして付き添うことになったゼロでさえ知らない。
「お兄さま……」
ルルーシュのことを思い出し、ナナリーは小さく唇を噛んだ。後悔しても始まらず、過去は変えられないと分かっているが思い出すたびに口惜しむことを止められない。気が付けば目元が潤んでいる有様で、こんな体(てい)ではルルーシュの遺志を継ぐなど言えたものではない。
――――もう、お前にも甘えを許さない。
そんなルルーシュの言葉が脳裏に響く。
ナナリーが涙を拭っていると、扉の向こうから声がしたので入るように促した。暫定代表の一件とは別にナナリーはコーネリアに話があって、シュナイゼルに連絡を取って貰ったのだ。用が済み次第私室に向かうのでも良いかと言うことだったので、それを了承した。
彼女も彼女で忙しいが、コーネリアもコーネリアで多忙の毎日である。勿論それは、誰に強制されたわけでもないのだが。
「少し話が長引いてしまってな。遅くなってすまない」
「いえ――お願いしたのは私ですから」
ナナリーは頭を振って、義姉に椅子を勧めた。一方、自分はサイドテーブルでお茶の準備を始める。
だがナナリーは足が不自由なので、作業する早さにも限界があり、他よりも時間が掛かってしまう。忙しい中わざわざ来てもらったコーネリアに対して申し訳ない気がしなくもなかったが、ナナリーは侍女を呼ぼうとはしなかった。少しでも出来ることは自分で――それも、盲目と車椅子を言い訳にして甘えていた部分であるとナナリーは思っている。
すると、一度は勧められた席に座ったコーネリアが手伝おう、と申し出てくれた。
ナナリーは断ろうとも思ったが、素直にお願いすることにした。甘えと依頼は違う。
「自分でやっているのか」
不意にコーネリアがナナリーに訊ねてきたので、ナナリーは視線を彼女に向けた。実のところ、コーネリアは侍女が準備するものだと思ったらしい。もうそのような立場ではないが、こういうものは案外と当り前と思ってしまいがちなのだ。
「はい。ずっと全てを与えてもらうわけにはいきませんから」
かつてルルーシュが、通信画面を挟んでナナリーに指摘したことがあった。他人から恵んでもらうことが当り前だと考えている、それは俺の否定した古い貴族そのものだ、と。無論、それはルルーシュがナナリーに対して被った仮面であり、計画を隠すための言葉の綾だったのだが、目と足が不自由なことを言い訳にしていたと言うことにナナリーは初めて気が付いた。ルルーシュの言葉を皮肉に捉えているのでは決してなく、そこは直さなければならない部分として受け入れたのだ。
コーネリアもあの時ナナリーの隣に居たのでそれは知っている。だがコーネリアはそうか、と言っただけだった。彼女にも何か思うところがあったのかもしれない。
「それで、私に用とは?」
紅茶を一口啜って、コーネリアは訊ねた。彼女は回りくどいことは嫌いだ。
「お義姉さま、これを」
ナナリーはワープロ打ちの文書をコーネリアの方へと滑らせた。まだ用紙で数枚と量は少ないが、ナナリーがこの1カ月ずっと考えてきたものだ。
コーネリアはそれを手に取ると、ざっと目を通した。さすがはかつての総督とあって、概要を理解するのは早い。
「歴史の編纂と史跡の保護、か…。なるほど」
義姉は小さく頷くと顔を上げた。紙をテーブルに置いて、薄紫の瞳を捉える。
「しかしどうしてこれを私に?」
姉妹だからと言ってわざわざ声を掛ける必要なんてないだろうに、と言わんばかりの声音だった。コーネリアもナナリーも、シュナイゼルだってゼロの補佐としてそれぞれ動いている。今更揃って世界のために何かをしましょうなんていうことは必要ないのだ。帝政が廃されているのだから、世間体などあったものではない。
「これには資金が必要です。旧皇室の財産を処分して、それに当てたいのです」
ナナリーの目は真剣だった。意見を請うと言うより既にそれを決めているような目だった。
コーネリアが思ったようなことでは無かったらしい。コーネリアは一息つくと、それを快諾した。
「既に皇室は終わった身だ。財産をどう処理しようと構わない。どうせなら、そのために使ってくれ」
ブラックリベリオン後は皇室に居なかったも同然ということもあって、コーネリアには皇室財産と言うものに対して執着と言うものが全くと言って良いほど無かった。今しがたナナリーに言われて、あぁそんなものもあったなと思う程度だ。既に皇室は終わった身とそれ以上でも以下でもなかったと言うか、残ったものなど混乱や旧植民地国に対する負の遺産しか考えていなかったのだ。
ナナリーもコーネリアに反対されるとは思っていなかった。首都ペンドラゴンへのフレイヤの投下で多くの義理の兄弟姉妹は命を落とし今まで生き延びたのは、ナナリーにコーネリア、シュナイゼルだけだ。ルルーシュは――言うまでもない。
一応、話はしておくべきだろうと思っただけなのだ。
ナナリーがコーネリアに礼を言うと、今度は逆に話題を持ちかけられた。例の、と言うべきなのか、新生ブリタニアの暫定代表に関しての話だった。
「承諾の意を伝えたそうだな?」
懸念や不快感を表すようなものではなかった。風の便りで聞いたような口ぶりだったが、それはナナリーの心意を詮索するようなものでは無かった。
コーネリアがしたのは小さな確認だ。既にそれも、必要のないことだと彼女は知っている。
はい、とナナリーは小さく頷いた。
「表舞台を去ることと、協力しないことは違うと思うのです」
ナナリーだって、新しいブリタニアを率いる立場になろうなどと考えている訳ではない。先にコーネリアは皇室は既に終わった身だと言ったが、ナナリーも同じように考えている。そうでなければ、旧皇室財産を処理して歴史編纂や史跡の保護などを含めた戦後復興支援を行う団体を設立しようなどとは考えない。
しかし、これはコーネリアの考え方を否定しているのではない。暫定代表に就くか否かと言うのは詰まるところ、個人の考え方にあるのだ。
ナナリーはそう前置きしたうえで、義姉に言った。
それにコーネリアは分かっていると小さく苦笑した。全く意志疎通は難しい。
「…そうだな。余計なことを聞いた。忘れてくれ」
カップを受け皿に戻して、コーネリアは立ち上がる。
実のところ、あまりゆっくりもしていられないのだ。
「私で良ければ手を貸そう。もちろん、出来ることは限られているが?」
彼女たちの歩く道は違う。
だが、先に見据えるものは同じなのかもしれない。
「はい、必ず」
ナナリーはコーネリアを止めるようなことはせず、伸ばされた義姉の手を握り返した。
ゼロの承諾を得て、シュナイゼルはナナリーに協力してもらうことになっている。
彼女の涙は枯れないかもしれない。だが。
―――― ナナリーは明日へ、歩き出す。
義妹の部屋から出たコーネリアは、昔を思い出して天井を仰ぐ。
似ていた、と思う。久しく彼女の瞳を見ていなかったから、そう思っただけだろうか。
「―――あの瞳、そっくりだな」
コーネリアは小さく呟いて、廊下を歩いて行った。
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ナナリーSIDE。本編に戻りました(一応)
割とこの辺はナイーブな問題なんだと思います。
タイトルはレクイエム『涙の日』より