自室に戻り、ソファに腰を下ろすとルルーシュは長く溜め込んでいた息を吐いた。侍従は多くのように自室の前で下がらせた。仮に部屋に入ることがあっても、そこのイレギュラーは見逃すようにギアスを掛けてあった。曲がりなりにも世界の覇権を握る人物の自室となればさぞかし豪奢に装飾されているだろうに、皇帝ルルーシュのそれは豪奢や贅沢と言った言葉からは無縁であった。それどころか、必要最低限のものしか置かれていない。目的――ゼロレクイエム成就後のことを考え、身の回りのものは極力残さないようにしているのだ。室内がだだっ広く見えるのは少なからずそれが影響している。
「――――C.C.、いるのだろう」
 誰もいないそこで彼は呟く。だがそれは確かに壁を挟んだ先にいる少女に届いていて。少女は若干目を見開いたようだった。だがそれも僅かの時間で、扉の前で止めた足を進める。
「直ぐに気付くとは……お前はもう立派なエスパーだな」
 ドアのシャッター音とともにそんなからかいの言葉がルルーシュの耳を打った。何とかと名前の付いたぬいぐるみを抱えた彼の共犯者――C.C.は、ルルーシュの差し向かいのソファに腰掛けた。
「人より敏感なだけだろう…昔から。それに今、憎しみの全ては俺に集まっているのだからな」
 誰が命を取りに来ても不思議な話では無い。それだけのことをした。
 少しは得意そうな顔をすると思っていたのに、隠された言葉とは裏腹な自嘲と嘲笑に似たものが浮かんでいて、C.C.は揶揄することを止めた。唇は自然と噤まれ、視線も紅紫の瞳から床下へと落ちる。
「本当にいいのか?」
 C.C.はルルーシュに訊ねた。主語が省かれていても、それが何を指しているのか彼は知っている。
 ルルーシュは、ゆったりと足を組むと視線を緑の髪の少女に滑らせた。
「何今更なことを言っている。お前まで俺にそれを訊くのか」
―――あるいは。"また"それを訊くのか。
 以前、アヴァロン艦内で、C.C.はルルーシュに言ったことがあった。お前はよくやった、これ以上する必要は無いのではないか、と。
 先刻、ゼロの仮面を前に、スザクはルルーシュに問い確かめた。本当にやるのか、と。
「もう後戻りすることは出来ない。全てのパターンを検討したうえで今がある」
 それを知っているだろう。
 その言葉に、C.C.は僅かに顔を上げた。
―――確かに。あの時、ラグナレクの接続でシャルルとマリアンヌに打ち勝ち、話しあった結果がこれ。
 あれほど祖国を、ブリタニアを否定し続けてきたルルーシュが皇帝の座につき、銃口を向け、時には存在すらを否定したゼロの仮面をスザクが受け継ぐこと。
 あらゆることを想定し、可能性を考え、綿密な計画を立てて。その上で成り立つ今。ゼロレクイエム。
 だが。……。
 C.C.は落していた視線を再びルルーシュへと向けた。
「私はそれを訊いているのではない。お前自身は?お前自身はそれでいいのか」
 あの決断は、ルルーシュとC.C.、スザクが導き出した答え。
 ゆえに、ルルーシュ個人の意志とは異なる。
 悪逆皇帝と世界に名を馳せて。憎まれ、疎まれ、死んでゆく。
 彼は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアはそれでいいと言うのか。
「同じことだ」
 即答されたそれは、迷いが無いのではなくあるが故に己に言い聞かせているように聞こえた。
「違うな、間違っているぞルルーシュ」
 それが本心ならば、あんな表情(かお)はしない。
 己の、かつてのゼロの言い回しで指摘され、ルルーシュの眉間に皺が寄った。あからさまに怪訝のそれを浮かべて、ルルーシュはC.C.を見た。
「"明日"が一番欲しいのはお前だろう?」
 明日は悪くなるかもしれない。それでも俺は明日が欲しいと言ったのはほかの誰でも無く。
「俺にそんなことは許されない!!」
 数え切れないほどの意思を捻じ曲げて。その口で、手で、人を殺して。
 今更、何を懺悔して赦されると言うのだろう。
 ルルーシュは激昂の言葉とともに立ち上がっていた。
 C.C.はそれには何も答えなかった。
「お前は言ったな。数多の消えて行った命のために、もう後戻りは出来ないと。だがそれはいわばお前の義務感だ。お前自身の本音とは違う」
「………。」
 何もしない人生は、ただ生きているだけの命は、緩やかな死と等しい。だからギアスを手に入れ拓いた道は、彼の生であり生きているという証し。
――――だがゼロレクイエムは、そのひとつに過ぎないようで、相反するものでは無いか?
 彼の行動の根源は、妹の、全ての大切なものの幸せ。それには自分自身のそれも多少なりとも含まれるとC.C.は思う。彼が、ルルーシュが、幾度となく感情と言うものを捨て去ることが出来なかったのは、それゆえ。
 ナナリーが幸せに暮らせる世界。暗殺の恐怖に脅かされることのない、隠れて生きる必要のない世界。それがルルーシュの願った、小さな幸せ。
「――――本当に大切なものは遠ざけておくべきだ」
 だから計画を知っているのはごく僅かの人間だけ。必要な人間にはギアスを掛け、近しい人は遠ざけて。
 お前の言葉だろう?
とルルーシュは付け加えると、足を再度組んで手の甲に尖った顎を乗せた。
「……遠ざけられた側の気持ちを一番知っているのはお前だろうに。お前はシャルルやマリアンヌと同じか?」
「違う!」
 C.C.はそれを知っていた。知っていて聞いた。ルルーシュは、彼らとは違う。願ったことこそ幸せと言う点で共通しているが、他は正反対に近い。方法も、視線も、その先に見るものも。
だからこそC.C.も、彼らのそれが間違っていると気付くことが出来たのかもしれない。そして、また――――。

「人ならざる力に手を染めたからには、贖いが必要だ。それは他の誰でも無い、俺自身の意志だ」

そのための、ゼロレクイエム。

 もしかしたら、C.C.は彼がゼロレクイエムの計画を立てたあの時から気付いていたのかもしれない。ギアスの代償。人ならざる力を駆使した人間が、何の報いも受けることも無く死を迎えるなど、どれほど傲慢で自分勝手なことか。ルルーシュはそれを払おうとしているのではないか。
……彼女がそれに気づいたのは、これだけは忘れることのないステンドグラスの嵌め込まれた、場所に足を踏み入れた時だったか。

 自己満足かも知れない。独りよがりかもしれない。それでも、人は迎える明日を持っていて、幸せを求め続けるから、必ず。明日の先にある未来はきっと。

「それが俺の願いだと言ったらお前は笑うか、C.C.?」