彼は、ルルーシュは、殺した。
たくさんの人を。ユフィを。

だが、この選択は。本当に正しいのだろうか。
心の中で、何度も問いだたす自分がいる。




 彼を殺す決意などとっくの昔にしている筈だった。行政特区の記念式典で、彼が彼女を撃ったあの日から。ゼロを殺すのは自分ですと公言したのもそうだ。ルルーシュを償わせるのは自分しかいない。そうスザクが思ったからだ。
 だが、実際その選択が掌に乗せられたとき、握り返すことを己でも驚くほど躊躇していることがスザクは不思議だった。
――――それが彼の願い(ギアス)だから?彼だけが死んで、自分だけが生き残ることが不満だから?赦せないから?
 君の願いは叶えてはいけないと言って彼に銃を向けた。他人に死にたがりと指摘されたそれを否定出来ないのも事実だ。だが、これは違う。
 一体何なのだろう、この心を埋めく感情は。何かを訴えるような違和感は。仮面を受け取りマントを羽織り、剣を持って彼の身体を貫けばいい。結果として世界は変わる。人は明日を踏み出せる。世界を変えると言うスザク自身の目的も達成される。必要なのは過程では無く結果だと悟ったのはつい先日のことだろうに、既に迷ってしまっている。

――――ゼロレクイエム。

 それはスザクがルルーシュを殺さなければ成功しない。世界を手にすることも、独裁体制を敷くこともそれはひとつの過程であって、計画の最終目的では無い。
 あくまで、最後は既存の世界の破壊とそこから拓く未来にあって。
 皇帝ルルーシュには、壮絶な最期が待っている。彼自身によって秘密裏に進められた演出。
 だがその最後のチェックはルルーシュでは無くスザクの手だ。だから彼がどれだけ完璧に駒を進めても、スザクのそれが動かなければ計画は成就しない。それはルルーシュも、勿論スザク自身も良く知っている。
「スザク、約束通り俺を殺せ」
 そう言って、仮面を差し出され受け取ってもなお、迷っている。
 この手で彼を殺すことを。殺したいほど憎んでいた筈なのに。
「憎めばいい。ユフィのためだろう?」
 かつて電話越しに、ルルーシュは言った。自分はとっくに決めた、引き返すつもりは無いと。
 約束。それはルルーシュがユフィの敵だから。スザクの心の扉を開き、手を差し伸べてくれた少女を殺したから、ルルーシュがスザクに言ったのだ。
 だがスザクは知っている。俺が命じたと言った彼の目は、秘密を仕舞いこんでいるそれだと。言い訳する気はないと言っているようでさえあって。
「……やるのか、どうしても」
 彼の言葉に自然と戸惑いの問いが漏れた。
――――僕は殺したくないのだろうか。
「予定通り、世界の憎しみは今この俺に集まっている。あとは俺が消えることで憎しみの連鎖を断ち切るだけだ」
 憎しみの連鎖。……そうか、ルルーシュ。君は僕にまで。
「黒の騎士団にはゼロという伝説が残っている。シュナイゼルもゼロに仕えよ……これで世界は軍事力では無く話し合いと言う一つのテーブルに着くことが出来る。明日をを迎えることが出来る」
――――憎めと言うのか。
 ゼロとして、ユフィの敵として、人殺しの僕を英雄として生きるのを強いたのは君だからと。呪いを掛けたのは君だと。
「俺は人々の願いという名のギアスに掛かる。世界の明日の為に」
 君は僕まで遠ざけると言うのか。本当に君は、たったひとりで。


「重いぞ、その仮面は」
 ルルーシュが立ち去った後、随分と長い間その仮面を凝視していたことに気付いてスザクはハッと顔を上げた。
「皮肉なものだな。恨み憎しみ、時には存在までも否定したお前がゼロになるとは」
 広いそこはふたりきり。声は思いのほか大きく響いていたようで、声の主は彼から離れた柱の陰に佇んでいた。
「……C.C.、君は」
 スザクの瞳が、彼とは異なる緑の瞳を捉えた。まるで、見つからぬ答えを求めるかのように口を開く。
「本当にこれでいいと思っているのか、か?今頃何を言い出すかと思えば」
 言わんとするそれを言い当てると、C.C.は嘲るような表情を浮かべた。抱えたぬいぐるみはそのまま、玉座へとつながる深紅の絨毯の上を歩く。
「…………。」
「ルルーシュは言っていた。何度ルートを考えてみても答えは同じだった、もう引き返すことは出来ないと」
 黄昏の間でのことを思い出したのか、スザクの表情に陰りが帯びる。
「お前は私に言ったな。自分はルルーシュの剣だと。その時から覚悟はあったのだろう?」
 ルルーシュの弱さを排除する、そう他人に言ったお前が何を今更迷っている?
―――彼女の言う通りだ。何を今更なことを。言い聞かせては見るが、やはり迷いは消えてくれない。
「その仮面の重さはあいつが一番よく知っている。知っていてなお、ルルーシュがそれを渡した理由を考えろ」
 理由?それが約束、計画だからでは無いのか。
 戸惑うスザクにC.C.は静かにひとりごちた。
「……やはり私とお前は似ているよ、枢木スザク」
――――俺を赦すな。
 彼はそう言っているのに。
 捨てるべき感情(もの)を捨て切れないところが。



*



「ルルーシュ陛下がポイント9を通過されました」
 持っていた機械に通信が入った。その背後からは、それを中継するアナウンサーの声が聞こえていた。
 計画の終わりは近い。だが世界の歯車から見ればその計画すら、始まりに過ぎない。
 衣装を纏い、マントを羽織る。腰には彼を貫く剣を持って。
――――俺を赦すな。憎み疎んじ、殺せ。
 彼は、ルルーシュは、親友の僕にさえそんなことを言う。
 ゼロレクイエム。それが君の願いなら、僕はこの剣で君を貫こう。
 でも。


「ルルーシュ」

僕は、きっと。
とっくに君を赦せていたんだ――――

END