視察と言っても両極端で、面倒なものもあれば楽な視察もある。 要するに、市内視察は雑談するのも仕事のうちだと言う訳だ。それに比べて地方視察は移動から、地方士官への挨拶と色々と面倒臭い。 言ってしまえば、今日は後者な訳で、採掘資源も無ければ商人の中継地でも無いため、あまりぱっとしない街の視察なのだ。 そんな田舎町がゆえに、上から――若くして大佐の地位にある自分への嫌がらせとして――仕事を押し付けられたとも言う。 気が向かないのは分かるが、だからといってボイコットして言い筈もなく。 部下をぞろぞろと引き連れるような視察では無いから、リザと二人で列車の二等席だ。 他国より交通機関が発達していると言っても、快適な旅とは程遠く、しかも片田舎となれば、着いたころにはうんざりしていた。 憲兵からの挨拶は程々に、特に回る施設もないので、あとは自分で回ると地図を借り上げた。 いくら地域に馴染んでいると言っても、見知らぬ人間と歩いていたら警戒される。それが軍人ならば猶更だと言えば、憲兵が抗弁する余地はない。 大よその地図は頭に入れて、後はリザに一任した。見た限り、特に問題は無いようだから、本音を言えば即刻引き上げたいが、そう簡単にはいかない。最低限のところは彼女が一言くれるだろうと信頼してのことだ。 大抵のことは任せられる、そして数少ない心の許せる―― 斜め後ろを歩く彼女が、急に足を止めたものだから、意外に思って振り返った。 「中尉?」 どうかしたのか、と訊ねる間にも、彼女の表情は、血相を抱えたものになったから驚いた。 「大佐っ伏せて―――」 ください、と言う言葉は銃声に紛れた。 何が起こっているのか分からぬまま、リザに押し倒されて尻もちを付く。 目の前の鮮血に、イシュヴァールの英雄も言葉を失った。 射撃角から推測される建物を見ると、目深な帽子を被った何者かが退散していくのが分かる。 追いかければ捉えられる可能性はあったが、今はそれどころではなかった。 「中尉!しっかりしろ!中尉!!」 辺りが騒然とする中、救護車が来るまでロイはリザを呼び続けた。 幸い、急所は外れていて、応急処置も適切だったので、一命は取り留めた。 だが、彼女が意識を取り戻すまでには少し時間を要した。 医療設備の整う、イーストシティ郊外の病院に移ってから数日掛かった。 リザは、誰かに呼ばれた気がして、目を覚ました。 目の前に広がるのが、薄青色の空ではなく無機質な薄灰色の天井で、そこが病院であると悟る。 独特の消毒液の匂いも漂い、相応の施設なのだとリザは思った。 「あ、気が付かれました?」 声の方を向けば、小さな花束を持ったハボックだ。 ノックくらいするべきでしたね、と少し申し訳なさそうな顔をして言って、持っていたそれを花瓶に生けた。 彼は、身体を起こそうとしたリザに、安静にしていた方がいいと言って制止した。 身体に激痛が走ったので、枕に背中を預けるに留めた。 「大佐は?」 流石のハボックも、苦笑を禁じ得なかった。 何より先に、上官の心配をするのだ。 大佐は愛されてますねぇ、と少し羨ましく思う。 「休憩室に居ますよ」 「…無事、なのね?」 リザの恐る恐るのそれに、ハボックは肩を竦めて見せる。 「強いて言えば擦過傷でしょうが、どこかに引っかけたんじゃないかってくらいのそれです。相変わらずピンピンって、あー…」 彼を思い浮かべたのか、言葉は曖昧に終わる。 少尉、とリザが不安を浮かべた顔で言ったところで我に返り、ハボックは決まりが悪そうに頬を掻いた。 「目がもの凄い隈です」 「隈?」 リザは思わず訊ね返した。深刻なことではなかったのでホッとしたが、目に隈など、徹夜などをしなければ、なかなか出来ないものである。 ハボックは更に決まりが悪そうな顔をした。 「自分の所為だと、ここ暫く泊まり込みなんスよ」 リザから目を逸らしたのは、彼女が後ろめたい顔をすることが分かっていたからだ。 彼女は、自分のことなどお構いなしに、上官の心配をする。 「迷惑を掛けてしまったわね…」 ごめんなさい、と言う言葉と一緒に出てくるのは「迷惑」と言うそれ。 心配ではなく迷惑なのかと、思ってしまう。 「起こしてきます?」 訊ねれば、彼女はやはり、と言うべきか、小さく頭を振ってそれを辞退した。 暫く自分のことは伝えなくて良いと言う。そしてハボックにさえ言うのだ。 「お昼の時間に、手間取らせてごめんなさいね」 * 「大佐ぁ、いい加減起きませんか?」 休憩室のテーブルで突っ伏して寝ている上官に、ハボックは呆れてそう言った。 窓から見える空は、茜色だ。 最近は日が長いが、冬季だったら太陽も沈んでいる時分だ。 当然ながら、勤務時間はとっくに終わっている。 数日徹夜していたことは知っているので、暫くは放っておいたが、流石にそうも言っていられなくなった。 書類が溜まっている。そんなことはどうでもいい。 ただ、リザを止めて欲しかったのだ。 降ってきた声に、ロイはゆっくりと顔を上げる。 まだ、睡眠不足の体ではあったが、幾らか隈は改善されていた。 「私はどれくらい寝ていた?」 懐中時計を探りながら、ハボックに訊ねる。 「軽く半日ッスよ」 「何か進展はあったか?」 時計をポケットに仕舞って、視線を上げる。 「書類が溜まってます」 寝不足もあいまった不機嫌な顔。 だが、それはハボックたちだって同じなのだ。副官が不在の時に限って、提出書類ばかり。リザが居ないばかりに、些っとも仕事が捗らない上官。 「中尉は?」 訊ねつつも、ロイは病室に行くつもりのようだ。肩に掛かっていた上着を羽織る。 ハボックは、火をつけるべくマッチを探った。 「昼くらいに気が付かれましたよ」 瞬間、彼の表情が変わる。 どうして起こさなかったのかと目が訴えている。 しかし、それさえも時間が惜しいと思ったのか、ロイは早々と部屋を出ていく。 「大佐」 「なんだ」 時間が惜しく、忌々しげにロイは振り向いた。 ハボックはそれを気にせず、吸った息を窓に吐き出す。 中尉を止めてくださいと、言おうとして止めた。口に出すなんて無粋だ。 「…いや、何でもありません」 ロイは、なら呼びとめるなと目で訴えて、今度こそ部屋を出て行った。 * ノックも早々に、ロイはリザの病室の扉を開けた。 気が付いたリザを見て、ロイは安堵する。 このまま眠ったままだったら、息の根が詰まってしまっただろう。 それこそ、銃で撃たれるように。 「た、大佐!」 一方、リザの心は、彼が無事だったと言う安堵よりも別のことが支配していた。 ハボックからも、医者からもロイのことは聞いていたので、疑っていなかった。 「何日も目を覚まさないから心配した。兎に角、良かった」 その安心しきった様子は、声音からも分かる。 ロイは、リザを抱きしめようとして――彼女が傷を負っていることに気が付き、行く先の無い手をベッドに橋掛かるテーブルに置いた。 「ご迷惑をおかけしました」 「迷惑なんて言うな。私を助けてくれたのは君だろう?」 ロイはそう言ったが、リザはばつが悪そうに、視線を逸らした。 「中尉?」 覗き込んで表情を伺うが、リザは変わらず目を背けたままだ。 怒っている、と言う訳ではない。一体、何故かと問おうとしたとき、彼女が視線はそのままテーブルの上を片そうとしたので、ロイはそこに目をやった。 一瞬、目を疑う。 あるのは、異動願いだ。 リザ・ホークアイと直筆で書かれている。 「……どういうことだ」 リザの手を無理矢理止めて、ロイは訊ねた。 「ご想像のとおりです。異動願いを出します」 「何故だ?私を庇って怪我をしたからか?」 「違います!……そんなことは、決して」 彼の所為ではないと即否定した。そのときかちあった瞳を、再び逸らす。 その視線の先は、異動願い。 「だったら何故?」 今度は、やや落ち着いた調子で訊ねる。 だが、心臓は脈を早く打っている。 「完治に時間が掛かるからです。日常生活に支障はありません。ですが――」 リザはそこで言葉を詰まらせた。彼女としても言い辛い部分なのだろう。 それをロイが分からない訳は無い。 「後任には、私より優秀なものをとお願いしてあります」 彼女自身は、暫く事務局に留まると言う。 それが、彼女が出した結論だ。 「―――中尉」 ロイは、目を合わせようとしないリザにそれを無理矢理合わせる。 彼女の瞳は、不本意を表すそれだ。 自らの意思と、導き出した答えがことなることへの不甲斐なさ。或いは心外。 「君はそれで良いのか?」 それは勿論、否定が続く疑問文。 少なくとも、ロイはそれを望んでいない。 「良い訳がありません。ですが、大佐の足手纏いにはなりたくないんです」 補佐であり、護衛であり、時にはそれ以上であり。 でも、その役割を十分に果たせなくなってしまったら? 彼の足枷にはなっても、支えにはならない。 それだけは、どうしても嫌だった。彼には、親友のために、仲間のために、常に前を向いて歩いて欲しいから。 「誰が誰の足手纏いだと…?」 「ですから――」 リザの続きの言葉は、ロイに遮られた。 ロイは、リザを抱きしめる。先は配慮した筈の傷など、お構いなしだ。 「君が足手纏いになるわけないだろう?そんな人間は初めから部下になどしていない」 琥珀色の瞳を見て、訊ねる。 「君が必要だと言ったら、傍にいてくれるかな?」 END *POSTSCRIPT* この手のネタは結構多いようです(苦笑) 特に中尉は死ぬと言うことよりも、負担になることを恐れているんだと思います。 いちゃついて貰っても全然構わないんですが、互いのことを考え過ぎのロイアイも大好きです。笑 2005.06 / 2010.06 |