FULLMETAL ALCHEMIST Roy x Riza Novels-02.



 視察と言っても両極端で、面倒なものもあれば楽な視察もある。
 要するに、市内視察は雑談するのも仕事のうちだと言う訳だ。それに比べて地方視察は移動から、地方士官への挨拶と色々と面倒臭い。
 言ってしまえば、今日は後者な訳で、採掘資源も無ければ商人の中継地でも無いため、あまりぱっとしない街の視察なのだ。
 そんな田舎町がゆえに、上から――若くして大佐の地位にある自分への嫌がらせとして――仕事を押し付けられたとも言う。
 気が向かないのは分かるが、だからといってボイコットして言い筈もなく。
 部下をぞろぞろと引き連れるような視察では無いから、リザと二人で列車の二等席だ。
 他国より交通機関が発達していると言っても、快適な旅とは程遠く、しかも片田舎となれば、着いたころにはうんざりしていた。
 憲兵からの挨拶は程々に、特に回る施設もないので、あとは自分で回ると地図を借り上げた。
 いくら地域に馴染んでいると言っても、見知らぬ人間と歩いていたら警戒される。それが軍人ならば猶更だと言えば、憲兵が抗弁する余地はない。
 大よその地図は頭に入れて、後はリザに一任した。見た限り、特に問題は無いようだから、本音を言えば即刻引き上げたいが、そう簡単にはいかない。最低限のところは彼女が一言くれるだろうと信頼してのことだ。
 大抵のことは任せられる、そして数少ない心の許せる――
 斜め後ろを歩く彼女が、急に足を止めたものだから、意外に思って振り返った。
「中尉?」
 どうかしたのか、と訊ねる間にも、彼女の表情は、血相を抱えたものになったから驚いた。
「大佐っ伏せて―――」
ください、と言う言葉は銃声に紛れた。
 何が起こっているのか分からぬまま、リザに押し倒されて尻もちを付く。
 目の前の鮮血に、イシュヴァールの英雄も言葉を失った。
 射撃角から推測される建物を見ると、目深な帽子を被った何者かが退散していくのが分かる。
 追いかければ捉えられる可能性はあったが、今はそれどころではなかった。
「中尉!しっかりしろ!中尉!!」
 辺りが騒然とする中、救護車が来るまでロイはリザを呼び続けた。

 幸い、急所は外れていて、応急処置も適切だったので、一命は取り留めた。
 だが、彼女が意識を取り戻すまでには少し時間を要した。
 医療設備の整う、イーストシティ郊外の病院に移ってから数日掛かった。

 リザは、誰かに呼ばれた気がして、目を覚ました。
 目の前に広がるのが、薄青色の空ではなく無機質な薄灰色の天井で、そこが病院であると悟る。
 独特の消毒液の匂いも漂い、相応の施設なのだとリザは思った。
「あ、気が付かれました?」
 声の方を向けば、小さな花束を持ったハボックだ。
 ノックくらいするべきでしたね、と少し申し訳なさそうな顔をして言って、持っていたそれを花瓶に生けた。
 彼は、身体を起こそうとしたリザに、安静にしていた方がいいと言って制止した。
 身体に激痛が走ったので、枕に背中を預けるに留めた。
「大佐は?」
 流石のハボックも、苦笑を禁じ得なかった。
 何より先に、上官の心配をするのだ。
 大佐は愛されてますねぇ、と少し羨ましく思う。
「休憩室に居ますよ」
「…無事、なのね?」
 リザの恐る恐るのそれに、ハボックは肩を竦めて見せる。
「強いて言えば擦過傷でしょうが、どこかに引っかけたんじゃないかってくらいのそれです。相変わらずピンピンって、あー…」
 彼を思い浮かべたのか、言葉は曖昧に終わる。
 少尉、とリザが不安を浮かべた顔で言ったところで我に返り、ハボックは決まりが悪そうに頬を掻いた。
「目がもの凄い隈です」
「隈?」
 リザは思わず訊ね返した。深刻なことではなかったのでホッとしたが、目に隈など、徹夜などをしなければ、なかなか出来ないものである。
 ハボックは更に決まりが悪そうな顔をした。
「自分の所為だと、ここ暫く泊まり込みなんスよ」
 リザから目を逸らしたのは、彼女が後ろめたい顔をすることが分かっていたからだ。
 彼女は、自分のことなどお構いなしに、上官の心配をする。
「迷惑を掛けてしまったわね…」
 ごめんなさい、と言う言葉と一緒に出てくるのは「迷惑」と言うそれ。
 心配ではなく迷惑なのかと、思ってしまう。
「起こしてきます?」
 訊ねれば、彼女はやはり、と言うべきか、小さく頭を振ってそれを辞退した。
 暫く自分のことは伝えなくて良いと言う。そしてハボックにさえ言うのだ。
「お昼の時間に、手間取らせてごめんなさいね」

*

「大佐ぁ、いい加減起きませんか?」
 休憩室のテーブルで突っ伏して寝ている上官に、ハボックは呆れてそう言った。
 窓から見える空は、茜色だ。
 最近は日が長いが、冬季だったら太陽も沈んでいる時分だ。
 当然ながら、勤務時間はとっくに終わっている。
 数日徹夜していたことは知っているので、暫くは放っておいたが、流石にそうも言っていられなくなった。
 書類が溜まっている。そんなことはどうでもいい。
 ただ、リザを止めて欲しかったのだ。
 降ってきた声に、ロイはゆっくりと顔を上げる。
 まだ、睡眠不足の体ではあったが、幾らか隈は改善されていた。
「私はどれくらい寝ていた?」
 懐中時計を探りながら、ハボックに訊ねる。
「軽く半日ッスよ」
「何か進展はあったか?」
 時計をポケットに仕舞って、視線を上げる。
「書類が溜まってます」
 寝不足もあいまった不機嫌な顔。
 だが、それはハボックたちだって同じなのだ。副官が不在の時に限って、提出書類ばかり。リザが居ないばかりに、些っとも仕事が捗らない上官。
「中尉は?」
 訊ねつつも、ロイは病室に行くつもりのようだ。肩に掛かっていた上着を羽織る。
 ハボックは、火をつけるべくマッチを探った。
「昼くらいに気が付かれましたよ」
 瞬間、彼の表情が変わる。
 どうして起こさなかったのかと目が訴えている。
 しかし、それさえも時間が惜しいと思ったのか、ロイは早々と部屋を出ていく。
「大佐」
「なんだ」
 時間が惜しく、忌々しげにロイは振り向いた。
 ハボックはそれを気にせず、吸った息を窓に吐き出す。
 中尉を止めてくださいと、言おうとして止めた。口に出すなんて無粋だ。
「…いや、何でもありません」
 ロイは、なら呼びとめるなと目で訴えて、今度こそ部屋を出て行った。

*

 ノックも早々に、ロイはリザの病室の扉を開けた。
 気が付いたリザを見て、ロイは安堵する。
 このまま眠ったままだったら、息の根が詰まってしまっただろう。
 それこそ、銃で撃たれるように。
「た、大佐!」
 一方、リザの心は、彼が無事だったと言う安堵よりも別のことが支配していた。
 ハボックからも、医者からもロイのことは聞いていたので、疑っていなかった。
「何日も目を覚まさないから心配した。兎に角、良かった」
 その安心しきった様子は、声音からも分かる。
 ロイは、リザを抱きしめようとして――彼女が傷を負っていることに気が付き、行く先の無い手をベッドに橋掛かるテーブルに置いた。
「ご迷惑をおかけしました」
「迷惑なんて言うな。私を助けてくれたのは君だろう?」
 ロイはそう言ったが、リザはばつが悪そうに、視線を逸らした。
「中尉?」
 覗き込んで表情を伺うが、リザは変わらず目を背けたままだ。
 怒っている、と言う訳ではない。一体、何故かと問おうとしたとき、彼女が視線はそのままテーブルの上を片そうとしたので、ロイはそこに目をやった。
 一瞬、目を疑う。
 あるのは、異動願いだ。
 リザ・ホークアイと直筆で書かれている。
「……どういうことだ」
 リザの手を無理矢理止めて、ロイは訊ねた。
「ご想像のとおりです。異動願いを出します」
「何故だ?私を庇って怪我をしたからか?」
「違います!……そんなことは、決して」
 彼の所為ではないと即否定した。そのときかちあった瞳を、再び逸らす。
 その視線の先は、異動願い。
「だったら何故?」
 今度は、やや落ち着いた調子で訊ねる。
 だが、心臓は脈を早く打っている。
「完治に時間が掛かるからです。日常生活に支障はありません。ですが――」
 リザはそこで言葉を詰まらせた。彼女としても言い辛い部分なのだろう。
 それをロイが分からない訳は無い。
「後任には、私より優秀なものをとお願いしてあります」
 彼女自身は、暫く事務局に留まると言う。
 それが、彼女が出した結論だ。
「―――中尉」
 ロイは、目を合わせようとしないリザにそれを無理矢理合わせる。
 彼女の瞳は、不本意を表すそれだ。
 自らの意思と、導き出した答えがことなることへの不甲斐なさ。或いは心外。
「君はそれで良いのか?」
 それは勿論、否定が続く疑問文。
 少なくとも、ロイはそれを望んでいない。
「良い訳がありません。ですが、大佐の足手纏いにはなりたくないんです」
 補佐であり、護衛であり、時にはそれ以上であり。
 でも、その役割を十分に果たせなくなってしまったら?
 彼の足枷にはなっても、支えにはならない。
 それだけは、どうしても嫌だった。彼には、親友のために、仲間のために、常に前を向いて歩いて欲しいから。
「誰が誰の足手纏いだと…?」
「ですから――」
 リザの続きの言葉は、ロイに遮られた。
 ロイは、リザを抱きしめる。先は配慮した筈の傷など、お構いなしだ。
「君が足手纏いになるわけないだろう?そんな人間は初めから部下になどしていない」
 琥珀色の瞳を見て、訊ねる。
「君が必要だと言ったら、傍にいてくれるかな?」


END

*POSTSCRIPT*
この手のネタは結構多いようです(苦笑)
特に中尉は死ぬと言うことよりも、負担になることを恐れているんだと思います。
いちゃついて貰っても全然構わないんですが、互いのことを考え過ぎのロイアイも大好きです。笑
2005.06 / 2010.06