ホークアイ中尉が休暇を取った。 取った理由の詳細は定かではないが、一身上の都合と言う訳ではないらしい。 大佐曰く、体調云々と言うことでも無いそうだ。 元々、自分のことを話す方でもなく、知られることも好んでいないようだったので、特に訊ねることはしなかった。 しかしそれが、とんでもない事態に進展しようとは。 * 執務室は相変わらず、書類が飛び交っていた。 締切直前のものから書類不備のものまで、リザがどれだけ整理していたかが良く分かる。 ハボック達も勿論それに努めてはいるが、彼女には遠く及ばない。 それに彼女一人、数日いないだけでも執務室の雰囲気が随分と変わるものだと言うことに気が付いた。男気臭いと言うよりは、何かが物足りないと言った感じだ。 しかし、真っ先に何かを言いそうな彼が、一言も言わなかった。 せっせと自室に籠って仕事をし、サインをためることもなければ、投げ出してサボタージュすることもない。 理由は簡単だ。構って欲しい彼女が休みだからだ。 その結論に至った彼らは、リザを思って口を揃えるのだった。 中尉が居てもこの調子だと、苦労はしないんだろうなぁ、と。 「は?」 だから、その噂を聞いた第一声はこれだ。 兎に角、思いもしなかったと言う言葉に尽きる。 「他人の空似じゃないのか?」 ハボックは、情報元のフュリーに訊ねてみるが、当の本人もそうかもしれないとあっさりと認めた。 それだけ彼女の信頼は厚いのだ。 いや、彼女の名誉のために言っておくが、今回の件で彼女の信頼が崩れた訳ではない。 ただ、それだけ意外だったのだ。 その噂通り、セントラル中心街から外れた公園で彼女の姿を目撃したことは。 翌日、一緒に目撃したブレダと出勤途中に顔を合わせたときは互いに難しい顔をしていた。 「お前、昨日のことを覚えているか?」 何を言っているんだと言われた方が、すんなりと受け入れられた。 「忘れるわけねーだろ」 どうやら泥酔していた訳ではないらしい。 目撃した公園に確かめに行く勇気など無く、そのまま司令部に向かった。 すると、それが司令部でも広範囲で噂になっていると言うのである。 美人で有能な副官は、異性の間では結構人気がある。 唯一玉に疵とも言われるのが、かの佐官の副官と言うことで、それ以外は才色兼備と言うのが統一された見解だ。 その人気云々は兎も角、噂が本当だとすれば、彼女と働く身としては喜ばしいと思うべきなのだろうが、いかんせん、問題がひとつふたつと発生している。 「中尉って最近、長期休暇取ったか?」 ブレダの疑問に、即答したのはファルマンだ。生き字引とも言われる彼は、最後に連続休暇を取ったと言うことまで答えて見せる。 彼ほど記憶力に自信は無いが、同僚の休みを覚えていないほど悪い訳でもない。 流石に、後半は覚えていなかったが、それくらい彼女は非番以外の休暇を取りたがらないと言うのは良く知っている。 「で、誰なんだ?」 「大佐以外いないだろ。髪の色は黒だった」 言い方は雑でも、説得力は十分過ぎるほどあった。 うーん、と一同が首を傾げたところで、扉が開く。 被疑者のご登場である。 『…………。』 これだけの目撃情報があれば、容疑の視線を向けられても仕方はあるまい。 重要参考人どころか、張本人だと指差されても致し方ない。 「何だ。私の顔に何かついているのか?」 沈黙の末の挨拶に、当の本人(?)はそんなことを言う。 …が、部下は揃って『いえ、別に』の一言である。 訊ねることもなく、早々と各々の仕事を始める部下にロイは痺れを切らした。 何かを問いたいのは明白なのに、口に出そうとしないのはどうも気が落ち着かない。 加えて言えば、司令部に入ってからこの方、感じる視線と同じものを感じていたのだ。 「一体何なんだ!お前たちといい、司令部に入ってからと言い……」 その言葉の返答は、じろっと言う表現が相応しい視線だ。 司令部内は兎も角、執務室までこの体では、流石のロイも少し怯む。 「大佐、ひとつ訊いてもいいスか?」 「……なんだ」 「中尉とはどういったご関係で?」 一体どんなことを訊ねられるかと思いきや、言うも更なりのそれに意表を突かれた。 だが、答えは変わらない。 「彼女は私の副官、それだけだ」 見たら分かるだろう、と言いたいところだが、リザは休暇中なので胸中に留める。 しかし、そんなことなど彼らは知っている筈なのだ。同じ執務室で働いていて、一体それ以外にどのような回答があるのか。 そんなことを思っていると、返ってきたハボックの言葉は、疑いのそれだ。 「本当にそれだけッスか?」 事実を突き詰めれば、それだけと言う言葉は相応しくない。 だが、少なくとも表面上は、そのような関係で通しているつもりだった。 「……何が言いたい」 いかにも、何かを握っているような調子だったので、ロイは逆に訊ね返した。 「中心街の外れにある公園、知ってます?」 「それがどうした」 突拍子もない質問に、ロイは真相を迫る。 だがハボックはそれに急かされることなく、煙草の火をつけてからこう言った。 「そこで見たんですよ、中尉が子どもを連れているのを」 ひとりは金髪、もうひとりは黒髪だったとブレダが付け加える。 この流れからすれば、彼らの質問の意図は火を見るよりも明らかだった。 「――つまり、その子どもが私と中尉の間の子だと言いたいのか?」 彼ら以外に目撃者が居たとすれば、司令部での妙な視線も頷ける。 合点がいったところで、部下から返ってくるのは違うんですか?の異口同音なのだから、そんなに信用されていないのかと思う。 確かに、女性関係が広いと言うのは否定しないが。 副官をそのように扱うほど墜ちてはいない。 「あるわけないだろう。見当違いだ」 と言ってはみるが、心当たりがない訳ではない辺りがなんとも痛い。 「俺たち以外にも目撃者がいるんですよ?」 「バカバカしい。だったら逆に訊くが、中尉は相応の長期休暇を取ったか?」 総務課にでも訊ねれば良いと言わんばかりのそれだったが、ファルマンが明確に覚えていたので手間は省けた。 「短期間で子どもを産める筈がないだろう?仮にそうだとしても、同じ部屋で働く私たちが気付かない訳は――」 ない、と言う続きが出ることは無かった。 「大佐が錬金術で手を施したんじゃないスか?」 衝撃の一言である。 一般人から見れば、錬金術は万能の力に見えるのか。 「何を言う!錬金術は化学だ。それに私は医療分野の専門ではない」 とは言うものの、とんでもなく言い訳にしか聞こえない。 いやいや、彼らは軍人だとロイは自分に言い聞かせる。 「しかし最近は、ホムンクルスとか言う輩もいるくらいですよ?大佐の実力なら――」 果たして私は嘘を付いているのかと、ロイは自分を疑いたくなったのだった。 * 百聞は一見に如かず、と言う言葉に尽きる。 リザが目撃されているその公園に向かっていた。 会いたいのは山々だが、向かった先に彼女がいるのならば、立てた仮定は正しかったと言うことになる。 だとしたら、責任云々、直面する問題は数多い…などと考えているうちに、公園についてしまった。 事実を見たくないのか、自然と視線が下がる。 そのような覚えは無い、と完全無欠に言えないのが後ろめたい。 すると、足元に小さなボールが転がってきたので、ロイはそれを拾い上げた。 それを追いかけてきたのは、2,3歳のブロンド髪の男の子だった。 視線を合わせて、ボールを渡してあげると、ありがとうと言うお礼の言葉も早々に元気良く駆けていった。 「すみません、どうもありがとうございました」 と、聞き覚えのある声が頭上から掛かる。 顔を上げれば、休暇中のリザが女の子を連れて、そこに立っていた…。 「驚きました。どうして、こんなところに?」 視察にしては、随分と離れたルートなので疑問に思ったらしい。 近くにあった長椅子に腰を下ろして、リザは訊ねた。 しかし、それより先に言うことがあったリザは、お休みをいただいているお礼を真っ先に言うべきだったと、訂正した。 「休暇のことはいい。滅多に取ろうとしないから、心配だったんだ」 揃って視線の先は、幼い兄妹だ。ボールを追いかける様子は、とても微笑ましい。 「君の休日にどうこう言うつもりはないが、休暇の理由はこれか?」 それにリザは、はい、と答えるに留めた。 続きは、言わなくても分かるだろう、ということだろうか。 「――彼らは何歳になる?」 「もうすぐ3歳になります」 兄妹の年齢は、彼女が隠していた年月と言うことだ。 「そうか…」 生まれて3年と言うことは、4年ほど前か?などと、ロイは記憶を辿った。 「えぇ、先日聞きましたので」 その言葉を聞いたときは、衝撃を通り越して、思考が停止した。 「―――聞いた?誰に?」 思考と言うか、推測の糸を鋏で切られたように、訳が分からなくなった。 片やリザは、一体何を言っているのかと把握しきれていないようだ。彼の顔を見て、大よそを理解すると、リザは溜息を落とす。 「まさか、私の子どもとでも?」 いつ私が産みましたか、と言われれば、確かにそうなのだ。 錬金術でどうこうしたのではないかと言われ自分を疑っていたなんて言えなかった。 「あぁ、そうだな…」 そう答えるのが精一杯だ。 「誰かからお聞きになったのですか?」 「…子どもを連れていた。そう聞いただけだ」 ロイが素直に白状すれば、そうですかとリザは引き下がった。 そうして視線を子どもたちに戻す。危なっかしく走っていく様子は微笑を誘う。 「誰の子どもだと思ったのですか?」 「それは、その、だな…」 曖昧に言葉を濁すそれを見れば、大方の予想は付く。 「あなたじゃないんですから」 冗談半分でそう言うと、至極真面目な返答が返ってきた。 「中尉。言っておくが、私は君以外との子どもを作る気は無いぞ?」 「………。」 そんなにさらりと突然言わないで欲しい。 「…大佐。それはどのような解釈をすれば?」 彼を見られる筈がない。はしゃぐ兄妹も通り越して、地面しか見ることが出来ない。 「言葉のままだが?」 全く、心の準備と言うものがある。 つまりは、そういうことだ。 少しは場所を弁えてくださいと言った彼女の顔は、林檎のように赤かったと言う。 END *POSTSCRIPT* 途中ハボックの台詞がこの話の根本だと言う件。笑 最近 錬金術って、安価を高価に換えるってニュアンスで使われるじゃないですか…。 それにしても大佐がアホ過ぎてすみませんorz 2005.09/ 2010.06 |