執務室に戻って来たら、上官の姿が無くてリザは少し驚いた。 「大佐は?」 暫く執務室を離れていたので、近くのハボックに訊ねてみると、苦笑が返ってきた。 つまりは、彼女が席を外す前から帰ってきていないと言うことだ。 「俺たちもサインが欲しい書類があるんですけどねぇ」 まぁ、そうだろう。通常業務なら兎も角、事件の報告書や調査書は彼のサインが必要となる。 「まだ書庫かしら?」 ロイは、リザが席を外す少し前に調べ物をすると言って出ていった。何を調べるかは知らないが、どのようなことであれ、流石に長い。 これでは捗る仕事も滞ってしまうだろう。そろそろ昼時だったので、呼んでくると言って執務室を出た。 彼が利用する書庫は、大体分かっている。担当部署に言って訊ねれば、申し出をしたきりだと言うことだった。どうやらまだ書庫に居るらしい。 果たして錬金術師とは、没頭してしまうと時間など忘れてしまうものなのかと思いながら、リザは書庫の扉を開けた。 薄暗いのは、書物が痛まないよう窓が極小だからだ。 リザは、ひと通路ずつ歩いて回った。 「―――大佐?」 いくつか通路を探したところで、壁に凭れている人影を発見した。 近づいて再度声を掛けてみるが、返事は無い。 どうやら、眠っているようだ。 「大佐、起きてください」 リザは身体を揺すってみるが、一向に目を覚ます気配は無い。 「マスタング大佐!」 他に誰も居ないようだったので、リザは声を張り上げた。 そんなに大声を出したつもりはないが、静かな書庫では良く響いた。 瞬間、ロイの身体が動いたので、起きたと思ったのも束の間、ぐいと軍服を引っ張られてびっくりした。 気がつけば、彼と唇を重ねていて、しかも彼は随分と解放してくれなかった。 「――――っ、たい」 酸欠ながらも窘めようとしたところで、再度引き寄せられる。 そして彼は言ったのだ。 「今夜は離さないぞ、リザ」 「なっ……」 リザの頬は紅潮した。叱るどころの話では無かった。気持ちを落ちつけようと深呼吸すれば、隣から寝息が聞こえてきた。 「――――」 つまり、今のは全て無意識にやっていたと言うことだ。 * ロイが書庫から戻ってきたのは、それから半時間ほど経ってからのことだ。 戻ってきたリザは直ぐに来ると言ったが、なかなか姿を見せないので午後からどうしようかと思った矢先のことだった。 「調べものはお済みですか?」 彼が座ったタイミングで、リザが飲み物を置く。 休憩中――と言うか昼休みなので、誰もがそれを見ていた。 「あ、あぁ…」 返事が曖昧なのは、まだ考え事をしているからか。それとも、まだ夢うつつなのか。 執務室の面々がどのように思っていたかは兎も角、本人は完全に後者だった。 まさか書庫で眠っていたなど言える筈もなく、ロイは自分の席に戻った。 「そうですか。では、ご参考までにこれを」 リザが彼の前に置いたのは、彼が書庫で読んでいた(と思われる)本だ。 彼がそれに気付かない筈もない。 上官の表情は驚いたと言うより、青ざめたと言う方が正しい。 「―――ちょっと待て、中尉!!」 今にも執務室を出ようとするリザを呼びとめる。 返ってきた視線は、痛いような冷たいような。 「書庫に来た、か?」 こういうときに見る笑顔ほど恐いものもそうあるまい。 「それは大佐が一番御存じなのでは?」 「――――……」 扉が閉まってから部下たちの懐疑の視線が一斉にロイに向けられたのは言うまでもない。 END *POSTSCRIPT* 大佐職務怠慢の件。 仕事をさぼった彼が中尉に勝てる筈は無いと言う話です(笑) 懐疑の視線は、色んな意味で、です。それはもう。← 2006.04/ 2010.06 |