ざあざあと音を立てる雨。昨晩からずっとこの調子だ。 生憎、当分天気は変わりそうにない。灰色の空がそう告げていた。 「中尉、もう上がって下さい。あとは俺らがやりますから」 ハボックがそう声をかけてくれる。夜勤であるリザの勤務時間はもうとうに過ぎていた。 「――えぇ…」 彼女らしくもない、曖昧な返事。そうしてまた窓の外を眺める。 心配なのは、彼のこと。 イシュヴァールの英雄として名が高い彼女の上官は、自身の錬金術の専門性故に酷く雨を嫌っていた。雨が降りだすと、やたらと溜息が増えて憂鬱そうな顔をしていた。 ――そして、彼は決まって傘を差さない。 それについて彼は多くを語ろうとしない。聞けば、自宅を出るときは降っていなかったなどと言い訳をつける。勤務中に雨が降りだせば、リザが自宅まで送り届けていた。 そんなことを考えていると、執務室の扉が音を立てる。 現れたのは彼女の上官。危惧していた通り――普段通りと言うべきか――全身はびしょりと濡れていた。 (あぁ、もう…) 雨のたびに、濡れたままでは風邪をひいてしまうと言っているのに。リザは思わず溜息を洩らしそうだった。彼の脱いだコートをハンガーに掛けると、リザは大きめのタオルを彼の頭に被せた。 身を少し屈めて、リザはロイの髪を拭いた。酷い雨の中歩いてきたということがすぐに分かった。 「――どうされたんですか、今日は」 リザが訊ねると彼は、今朝傘が壊れたと言い訳した。 それを聞いていたハボックは、もう何度目かと言いたくなるような言い訳に笑ってしまうのを必死に堪えていた。 「それは災難でしたね。…近くの店で買っておきます」 「あぁ、頼む」 リザはあらかた髪を拭き終えるとタオルを取って、乱れた髪を左右に分けた。 そしてお先に失礼しますと告げて、彼女は部屋を出た。 ――夕刻 小雨にはなったものの、あれから一度たりとも雨は止んでくれなかった。 仕事こそ終わったが、この天気ではロイの気分は晴れてくれない。 司令部の正門で、空を見上げる。 降り続く雨。見たくもないので溜息をついて止めた。司令部で傘を借りることくらい出来たが、どうもそんな気分にはなれなかった。 「大佐」 見ると、リザが小走りで駆けてきた。差している綺麗な桃色の傘とは別に、左手にもうひとつ傘を持っていた。 「…また濡れてお帰りになるおつもりですか」 と、リザは苦笑する。持っていた藍色の傘を手渡して、お送りしますからと言った。 ロイはそれを受取ると、傘を開いて自宅へと足を進めた…。 暫く歩くと、妙に辺りが明るくなってきた。雨もだんだん弱くなり――やがて、止んだ。 まもなく太陽が顔を出すと、思わず口元が緩んだ。 「――わざわざ買ってくれたのか」 「雨に濡れて体調を崩されては、元も子もありませんから」 きっぱりと、けれど柔らかに彼女は言う。ロイは傘を畳むと正直に言った。 「ほんとうは、傘あるんだ」 「知ってます」 けれど――とリザはつけ加える。 自ら差さないことは分かっているから。 こうでもしないと大佐は傘を差してくれませんからと彼女は言った。 「…知ってたのか」 「何年彼方の部下をやっていると思っているのですか」 そう言って、リザはやや苦笑した。彼女がロイの副官になってから幾年――しかし、それを差し置いたとしても彼らの関係は長い。 過去を少し思い出すと、それもそうだと妙に納得した。 「あ…」 リザは西の空を指差した。見ると不完全ではあるが、美しい七色の虹がくっきりと見えた。 「中央に来てからは初めてですね」 「そうだな」 虹に向かって歩き出す。それを見ると何だか少し気分が和らいだ。 「どうかしましたか?」 リザはロイの顔を覗き込んだ。どうやらひとりで口元が緩んでいたようだ。それを彼女は不思議に思ったらしい。 「雨の日も、ぞんがい悪くはないな」 「――え…?」 あれほど嫌っていた雨の日。意外過ぎる彼の言葉にリザは驚いた。 「――例えば」 ロイはちらりと後方を見た。そしてリザの左腕を右腕で取って引き寄せた。 為されるままにリザの身体は彼の胸に収まった。 それと同時に車が彼らの傍を通過し、水たまりを車輪で跳ね飛ばしていった。ロイがそうしなければ、彼女は完全にそれを被っていただろう。 「これも雨の日でなければ起きはしないことだろう?」 ロイは彼女に訊ねて微笑した。肯定の答えを聞くと、ロイは帰ろうかと言って、再び足を進めたのだった…。 END *POSTSCRIPT* [ロイアイ祭 春の陣]献上作品 雨=ロイアイと言うのが私的イメージです(笑) 鋼の世界に傘はあるのかとか細かいことはスルーでお願いします(また?) 2007.05 / 2010.06 |