■04.女好き

「……もうあれで何人目だ?」
 執務室の窓から、上官が司令部から出て行く姿を眺め、ハボックは言った。
 彼以外の上司――リザも席を外しているから、なけなしの敬語も使っていない。
「さあ?」
 士官学校から同期のブレダはなげやりに答えた。
 上官のこととは言え、いい加減に言いたくもなるだろう。
 視察に行ってそのまま直帰すると言うそれは、一体今週何度目か。
 一週間も半ばが過ぎ、やっと週末が楽しみなってきたが、それにしても多過ぎる。
 毎回同じ言い訳のそれに、最早指摘する気さえも失せてしまった。
 ハボックはポケットから煙草を取り出して、正門を出たロイを目で追う。
 執務室ではあまり吸わないようにしているが、窓も空いているし、今日くらいは許されるだろう。片手を風よけにして、煙草に火を付けた。
 その瞬間、扉が開いたものだから、ハボックは危うくそれを落としそうになった。
 辛うじて落下を回避して、灰皿でもみ消そうとしたが、生憎近くにそれは見つからない。
 探しているうちに、リザにお昼の時間だし良いのよと言われてしまった。
 そんなリザも、持っていたファイルを机に置くと、鍵付きのロッカーを開けた。
 使えるものは使う主義の中産階級だから、鍵なんかは大抵壊れているのだが、唯一、管理されているのは、銃器類が入っているところだ。勿論、頑丈に管理していては万一の時に取り出せないので壊せるようになっている。
「中尉…?」
 拳銃は標準装備だが(特に彼女の場合は複数持っている)、狙撃銃、カービン銃、アサルトライフルまで取り出して、鍵を閉めた。
 狙撃銃なんかは、ほとんどリザが使うので、私物のようなものだがそれにしても結構な持ち物だ。
 周囲がこれだけのんびりとしているとすると、考えられる選択肢はひとつだ。
「昼休み、少し抜けるわね。午後には戻るから」
 そう言い残して、彼女は執務室を出て行った。

 狙撃の腕前から鷹の目と称されるが、才能もさることながら、そういった努力が裏付けていることは言うまでもない。
 だが、彼女は食事等の体調管理等も怠らないので、昼休みを利用するのは珍しいという話なのだ。
 リザ自身もそれは自覚していた。だが、そうでもしないと気持ちが落ち着かないのだ。上官の電話さえ、何とも思っていなかった筈なのに、妙に気になった。
 いくら司令部内に射撃場があると言っても、往復する時間を考えると、実際に練習できる時間はごくわずかだ。その分、集中して撃てれば良いが、いつものような自信は持てなかった。
 銃を代えて、狙いを定めても急所から外れる。こうして銃を握れば、気が紛れると思ったが思い違いだったようだ。
 どうやら自分は相当重症らしい、と気が付けば考えてしまって、失笑した。
 馬鹿馬鹿しい。そんな感情など持っている訳ないのに。
 気を取り直して、銃を握る。目指すは人の形をした的の中心部。
「―――私と思って撃ってみると良い」
 引き鉄を引こうとした瞬間、頭上から――しかもかなりの近距離から、声が掛かってリザはびっくりした。
 声を掛けられたこともそうだが、声の主に、だ。
「た、大佐!どうしてこんなところに…?」
 驚きのあまり、銃を握っている人間の傍に近づくなんて、危険にも程があると注意するのを忘れてしまった。
「司令部内に、軍人の私が居てもなんの不思議はないだろう?」
「―――それは、そうですが」
 聞きたいことはそれではない。
「それはそうだが?」
 意地の悪い上官は、分かっているだろうにそれを言ってはくれない。
「……街の女性と食事に行ったのでは無かったのですか」
 決まりが悪くて少し目を逸らせば、ロイは少し苦笑したようだった。
「君は妬いてくれないのか?」
 その言葉にはっとする。自分が彼の電話相手に抱いていたのは……。
「―――ならばこんな時間に、ここには居ませんよ」
「それもそうだな。しかし、直接言って欲しかったな、リザ」
 語尾に何かマークを付けそうな勢いの言葉を耳元で囁くものだから、リザはびくりと跳ね上がった。
 それを一部始終見ていたロイは上機嫌だ。
「大佐!ここをどこだと思っているんですか!」
「――君は昼休みだからここにきた。違うのかい?」
 白と言えば黒というか、いけしゃあしゃあと物を言う上官である。
 そのあと間もなく、リザがロイを司令部に引き戻したことは言うまでもない。



Date:2010/09/14 / 2010.05.28修正
大佐は中尉に妬いて欲しいに決まっている!
と言う勝手な思い込みのお話でした(爆)
司令部の細かいところはスルーでお願いしますorz