■08.発火布
傷の男を追い詰めたところまでは良かったが、邪魔をするなら排除すると言われた辺りから、天候など忘れていたと思う。
後から思えば、憎しみとか憂さ晴らしとか、マイナスの感情では無かったのが幸いだったと言えるが、これはこれで質が悪かった。
今日もまた、あの日と同じ雨だった。
執務室の上座で、陰鬱な顔をしているのはリザの上官だ。
「大佐」
「………。」
ヒューズ中佐の娘自慢の電話のあとで疲れたと言う訳でもないだろう。苛々しているところはあると思うが、それが本気でなく、彼を信用していることをリザは知っている。
大佐、ともう一度呼べば、彼はリザの方を向いた。瞬間、視線があったが、あからさまに逸らされた。
原因は何となく分かる。先日の自分の発言だろう。
執務室の面々やヒューズは兎も角、憲兵や兄弟の前で足を引っ掛けられて無能扱いされたのはそれなりの衝撃だったらしい。
暫く尻もちをついたままだったことをリザは知っている。
「先日のことを不快に思われているのならば、謝ります。ですが―――」
「君は、今日も私が無能だと思っているか?」
外はしとしとと雨が降っている。曇天の空は暫く回復しそうにない。
「湿気っていては、火花は出せません」
雨の日にマッチがなかなか擦れないのと同じだ。
「そうだな」
「ですが、水が苦手だとは思っていません」
彼の声が暗かったとか、先日の発言を気にしているとか、そんなことを抜きにしても思っている事実を言った。
「空気中の酸素濃度を調整すると言うのなら、水素だって同じ原理でしょう?」
水の化学式はH2O。つまり、水素と酸素だ。
窒素や二酸化炭素などが混ざっている中で酸素濃度の調整が出来るのならば、水はそれより単純な筈だ。
「確かに、あの日は何日も雨が降り続いていましたので、水たまりもありましたが、あのエルリック兄弟の前で使うのは危険です」
可燃性ガスで焔―――錬金術で壁でも作れたら良いが、彼らは負傷していてそれどころではなかった。
そして何より、とリザはそこで言葉を切る。
一番の理由がこれだ。
「挑発されて雨なんて忘れていたでしょう?」
止めようとしても、手を出すなの一言だった。
「…………。」
全くもって図星である。
顔に書いてあるようなそれに、リザは思わず苦笑した。
「いつも強くなくても良いでしょう?」
かの内戦でも、先頭切って敵陣に斬り込んでいったと言うが、常にそうある必要は無いとリザは思う。
せめて雨の日くらい任せて下さいと言いたかった。
そうだな、とロイは嘆息して言った。
そこに先の不機嫌さはない。
「優秀な部下を持って私は幸せだよ」
彼は再びペンを握る。
でもやはり、彼女の前では弱さを見せたくないと彼は思うのだった。
Date:2010.06.01
7話『雨の後』(GC2巻)の後の話。
割と気にしてるんじゃないか?ロイアイ的にも、と言うことで(笑)
オチは、雨の日は〜のキャラソンの影響を受けているかと。
錬金術に関してはラスト戦全体を参考にしました。