出勤するなり、今日は司令官室で仕事をするとだけを告げて自室――司令官室に籠ったロイに対して誰も何一つ言わなかった。 ヒューズ准将殺害事件から1週間、葬儀のため中央に赴いていた間に溜まった書類と異動による引き継ぎの書類に追われているのである。 彼、ヒューズ准将とは古い付き合いで、士官学校時代からの知り合いと聞いていた。つまりそれは、イシュヴァールの内戦を共に経験したことを意味する。内戦後、ロイの下で働き出した彼らは、あれこれと口を出していい問題ではないと感じていた。彼がこの国を変えようとする意思を知ってはいても、踏み込んでいいところと悪いところがある。今回はまさに後者だ。 暫くは副官のホークアイに任せて――彼女とはまた古い付き合いと聞いていたから――彼らは別室で仕事をしていた。 「あ、中尉。これ、大佐のサインお願いできますか?」 資料を探すために席を外していたリザが戻ってくるなり、ハボックは書類の束を手渡した。ブレダ、ファルマン、フュリーもそれに続く。 「午前は多分、それで終わりッス。正時になったら俺ら食事に行きますが中尉、どうします?」 と、ハボックは一応申し入れをしたが、リザは小さくかぶりを振った。 「少しキリが悪いから、仕事を進めるわ。ごめんなさいね」 リザが恐らく断るであろうということは、大よそ予想がついていた。仕事を進めると彼女は言っているが、本当は上官のことが気にかかって仕方がないのだ。彼らの関係が自分たち以上に強いと言うことを知らないほどハボックも愚かではない。 そうッスか、とだけ言うと、ちょうど正午を知らせる音が鳴った…。 コンコン 暫く待っても返事はない。やや後ろめたかったが、失礼しますと述べて扉を開けた。 すると書類の山に埋もれるようにしてロイは眠っていた。 一見、無造作に積まれているように見えるそれは、良く見るとサイン済みとそうでないものに分けられていた。彼がペンを握ったまま眠っていると言うことは、それからたいして時間は経っていないのだろう。見なくとも、彼の眼の下にうっすらと隈が出来ていると言うことをリザは知っている。棚から取り出した毛布を彼の肩に掛けてやり、出来あがった書類だけを持って部屋を出た。 半刻ほどして再びそこに戻ると、彼はせっせと手を動かしていた。リザが入室したことに気づくと、手を休めて顔をあげた。 「この毛布は君か?」 左手で肩にかかっていた毛布を引っ張って見せる。目が覚めた時に気付いたらしい。 「えぇ。お疲れのようでしたので、提出できる書類だけ頂いて部屋を出ました」 「そうか……――ありがとう」 ロイはそう言った。その時、彼の頬は緩んだが、すぐにそれは勤務中の顔に戻った。 けれどそこには、疲れ切った様子が見て取れる。 あの墓前のとき以来、彼は決して人前で悲しみをみせることはしなかった。グレイシアのところに一度顔を出し、現場を視察するとすぐにイーストシティに戻ってきた。翌日からは普段通り出勤し、こうして仕事をしている…。けれど、彼女にはそれが彼の死を考えまいとしているように感じられた。ヒューズを殺した奴を必ずいぶり出してやる、と彼は言っていた。そのために――とも考えられるが、内心は一番つらいのだ。軍人となる前から彼のことをよく知っているリザは、それを誰よりも知っている。 「――昼食は摂られましたか?」 半刻前まで眠っていたのだから、摂っている筈がない。それを知っていながらも、リザはロイに問うた。 「いや…しかし、さっき眠ってしまったからな。それを今の時間に取り戻す」 「……ですが大佐」 きちんと栄養を摂らなければ身体に差し支える、眠っていたのは恐らく休憩時間中だと述べようとしたが、それは彼によって遮られた。 「私の仕事が進まなければ、私だけでなく君も困るだろう。なにより時間がない」 見れば、長針は上に登りつつあった。今から食事に出かけたところで、時間内に戻って来ることは出来ない。そうロイは判断した。 確かにそれは正しい。リザもそれは分かっていた。けれど、彼はちゃんと食事をしているのだろうか。夜はちゃんと眠っているのだろうか。ヒューズ准将のことで責任を感じているのではないだろうか。…そんなことが頭に過ぎる。 けれど。彼が自分の言葉に耳を傾ける様子がないと言うのは明らかだ。 「……分かりました。…無理しないで下さいね」 そう言って、彼女は司令官室を後にした。 太陽も西の空に傾き始めたころ。リザはもう一度、彼の自室を訪れた。彼女が手にしているのは、書類の束ではない――小さなトレイだ。ノックしてロイの了承を得ると、リザは扉を開けた。 彼の机は、まだ紙の束がいくらかあったが、最後に入ったときより随分と減っていた。あれからかなり奮闘したのだろうということが読み取れる。 しかし、全ての処理が終わったと言うわけではなく、相変わらず険しい顔で書類と向き合っていた。 「これが、サイン済みのものだ。」 リザに視線を投げかけることなく、ロイは左手で積み上がった山を差す。右手でぺらりとページを捲れば肩肘をついて考え込む。 その時、普段なら了承の意を示す言葉が返ってくるはずなのだが、それが聞こえないためロイは視線を上げた。 「…少し、休憩なさったらいかがですか」 そう言った彼女の顔がとても悲しく見えて――ロイは、あぁと頷いた。 彼が来客用のソファに腰を下ろすと、リザはその前のテーブルに静かにそれを置いた。乗せてあったトレイは、そっとテーブルの脚に立てかけてある。 「…召し上がってください。給湯室で作ったので、簡単なものしか出来ませんでしたけれど」 ロイの前に置かれたスープは、ひとり湯気を立てていた。薄い山吹色をしたそれは、ロイにあるものを思い出させた。もうどれだけ昔のことだったかは覚えていないが、自分が彼女に対して初めて作ったもの…――そう、あれは、師匠の葬儀が終わった少しあとのことだ。 傍に置かれたスプーンで一口。――同じだ。 あの時と。 「食事は人間のエネルギー源だ。摂るときに摂らなければ、あとで支障をきたす。…そう以前おっしゃったのはどこのどなたですか」 ロイはすぐ傍を見上げた。そこには心配そうに自分を見ている彼女の姿がある。 「――覚えていたのか」 あの時言った言葉を。あの時作ったスープを。 「あなたに初めて作っていただいた食事でした…。――同じですから。」 後半は、彼の問いに答えたものではない。同じ大切な人を失った――そういう意味だ。 「全てをひとりで抱え込まないでください…大佐」 彼を抱きしめてそう言う。泣きそうだ。 どうか全ての責任を自分だけで背負わないで。 と、心から願う。 「…何のために、私がいるのですか?」 END *POSTSCRIPT* ベースは原作ですが、色々間違っているような…(苦笑) 中尉は大佐に弱い部分も見せて欲しいんじゃないかなぁと思ったり思わなかったり。 2007.06 / 2010.06 |