FULLMETAL ALCHEMIST Roy x Riza Novels-21.



お世話になりました。
これからもどうか お元気で。

Riza Hawkeye



 執務室に置かれていた手紙と表するには短すぎるそれは、主が机に向かえば直ぐに目につく場所に置かれていた。
 それは紛れもなく彼女の字で。
 気が付いた時には、彼は執務室を飛び出していた。


 ハボックが人事局から出てきたリザと会ったのは昨日のことだ。もうとっくに勤務時間は終わっている時分だった。
「提出書類ッスか?」
 肯定の意を前提とした問いに、リザは珍しく表情を曇らせた。ハボックに思わず、自分は何か変なことを聞いたかと考えさせるくらいに。
 だが、ハボックにそれは思い当たらなかった。当然だろう。
「……俺、何か不味いことでも聞きました?」
 否、と思うからこそ訊ねられる問いだ。ハボックはリザの顔を覗き込む。
「――そうね。彼方には話しておくべきかも知れないわ」
 呟くように、誰かに言い聞かせるように、そう言って。
 リザは話を切り出した。


――――転属することになったの。


……何を。
 馬鹿馬鹿しい――などと上司に当たる彼女にそんな言葉は吐かないが、仮にそれがブレダならそう吐き捨てているところだった。それ以外言葉が見つからない。しかし今のリザから聞くと、冗談に聞こえないから不思議な話だ。冗談を交えることはあるが、これは例がない。
 今日は年度の始まりじゃないですよ、と笑って言えば本当の話よとリザは言った。今度こそ完全に呆気に取られた。
「ごめんなさい。黙っていて」
 これで冗談だと思うほど、ハボックは愚かではなかった…。

「それで、お前は何と言ったんだ」
 ロイはそう訊ねると、ハボックは肩を竦めて見せた。
「初めは、止めたんスよ」

 突然上司の転属を聞かされて、理由を訊ねるのと引き留めるのはごく当たり前のことだろう。

「もうここでは働けないわ」
 それが仕事上の対人関係ではないということを理解するのは難くなかった。そしてそれが、自分たち部下で無いということも直ぐに分かった。
――――残された可能性はひとつ。
「抱いてはならない感情を持ってしまった」
 だからもう、軍人としてあの人を見ることは出来ない。必ずどこかで感情が邪魔をする。振り払おうと思っても振り払えない。だから。

 距離を置くしかない。

 暫く距離を置いて。あの人のことを忘れて仕事をして。
 この不必要な感情が浄化して、いつか上司として見ることが出来るようになるまで、あの人には会わない。

「そうするしかないの。…じっくりと考えた結果よ」
 作り笑顔でそんなことを言われたら。ハボックにもう彼女を止めることは出来なかった。いつ離れるんですか、と訊ねれば、
「明日」
 随分と急な話だ。恐らく何カ月も前に手続きを済ませていたのだろう。
「ごめんなさい。けれど、これが最後の我儘」

――――誰にも知らせないで。

 顔を合わせば辛くなる。それが彼なら尚更。

 最後のそれを聞けば、ロイはハボックを責められなかった。
 ただ彼女がひとりで決めたそれに言葉を失うしかない。
 そんなロイを、
「行ってください」
 ハボックは背中を押した。腕時計を見て続ける。
「30分後の列車と言ってました。今から行けば、間に合います」
 それから無我夢中でロイは走り出した。

*

 駅の一番奥のホームに辿り着いたところで、ハッと目が覚めた。
 ……夢か。それに呆れると同時にほっとした。現実では無いと分かって胸を撫で下ろしていた。
 時計に目を遣れば、起床時刻10分前。昨夜早々と眠りについた所為か、眠気は無かった。否、悪い夢で目が覚めてしまったのか。たかが10分で眠りに落ちることなど出来無いと判断したロイは、カーテンと窓を開けた。心地よいひんやりとした風が舞い込む。
「―――あるわけないだろう」
 そんな言葉をひとりごちた。無論、主語は先ほどの夢のことだろう。まるで自分に言い聞かせるようにそう何度も心中で呟きながら、司令部に向かった。心臓の鼓動がやや早く波打っているのは気のせいではないかもしれない。
 執務室への階段を昇る。科学的立証のないもので、と切り捨ててみたもののやはりそれは簡単には消えてくれなかった。執務室の目の前の廊下でハボックがいないことを祈る。あの時ハボックはそこにいたからだ。
 階段を登り切ったとき、直線に見えるその廊下で―――ハボックは煙草をふかしていた。執務室内は禁煙でこそ無いが、煙が燻るのを考慮するのか廊下に出るか室内でも窓際で吸うことが多い。勤務時間外では尚更前者の場合が多く、ロイとしてもそちらの方が良いのだが…今日ばかりは僅かに舌打ちした。何故お前がこんなところにいる。
 と言いたくもなったが、たかがたまたま見た夢にハボックがそこに居たからと、彼を責める理由はない。やや不愉快そうな顔をしながらも、適当に挨拶を交わして扉を開ける。
――――が。
 そこには誰も居なかった。まだ出勤していないのか、席を外しているだけなのか。それは分からない。だが、今朝見た夢がロイの頭を過ぎらないわけがなかった。
「中尉はどうした!」
 のんびりと煙草を楽しむハボックに突っかかるような調子で尋ねた。やや呆気に取られた様子で、
「駅…だと思いますが」
と答える。脳裏を掛けたのはひとつの可能性。
 まさに、今朝のそれが正夢だったかのように、ロイは走り出した。

*

 行き先を碌に聞いてこなかったことを後悔したが、戻っている暇など無かった。無我夢中で、最も奥に位置するホームへと駆ける。
 するとそこには…見紛う筈のない、部下の姿があった。
「リザ!!」
 形振り構わず呼びとめる、階級名ではなくファーストネームで呼ばれたことに驚いたのか、びくりと肩が上がった。声の主を確かめるために、振り向く。
 十中八九確信してはいたけれど、とリザは思った。残りの可能性は自身の聞き違いだ。
 彼女の上官は、勤務中にそれで呼ぶことを控えるように言っても中々それを聞き入れない。流石に親しい間柄の前か否かで判断しているようだが…然してそれには驚いていなかった。跳ね上がった肩は、声量と場所の違いであったに過ぎない。
「…どうかなさいましたか?まさか緊急事態でも?」
 余りに彼が血相を抱えてやって来たので、流石のリザもそれは予想外だった。バッグからハンカチを取り出し、額の汗を拭ってやるが……。ロイはそれを聞いてさえ居ないようだった。ただ、
「行かないでくれ」
と荒れた息を付きながら言った。リザは豆鉄砲を食らったような顔になる。
「は?」
「私には…君が、必要…な、んだ」
 何を言い出すかと思えば。何を今さらなことをわざわざこんなところで、しかも出立直前に言われなければならないのか。
「熱でもありますか、大佐」
 …としか思えなかった。ハンカチではなく、素手で彼の額に触れる。暖かく感じるのは運動による体温上昇の所為だろう。
 しかしそれにロイは、それこそ先ほどのリザのように「は?」とも言わんばかりの表情だ。
「何だいきなり」
「それは私の台詞です。態々出張前に言いにくることですか、それは」
 今の彼からすれば、拒絶ともとれる。それにロイはがっくりと項垂れた………が。
「……出張?」
 怪訝な顔をして視線を上げる。するとリザは大きく溜息を落として、
「今日から3日間、私には北部視察が命じられていた筈ですが」
 大佐もご存じでしょう、とつけ加えられる。
 …思い出してみれば、確かにそうだ。
 彼女が管理している勤務表に、確かに記してあった。
 リザ・ホークアイ。北部視察3日間。と。
 恐らく頭に上っていたであろう、血がみるみる引いていく。引き過ぎて青白くなっていたかもしれない。
 …なんて勘違いをしていたんだ、私は。
「……?どうかなさいましたか」
 不思議そうにロイの顔を覗き込む。ロイが事のあらましを大方説明すると、
「寝言は寝てから言って下さい」
 とばっさりと言われた。益々視線が落ちる。するとリザは、
「それは有り得ません……貴方が私を必要としない限り」
 更に続けようとするが、発車を知らせるベルが邪魔をする。

 その日まで私は貴方の傍にいる、とリザが言ったのは駆け込み際で、ロイには聞こえなかった……。


END

*POSTSCRIPT*
まさかの夢落ちという(笑)あの約束でこれはないよ大佐。
昔どうだったかは兎も角、今の大佐と中尉は、相互依存関係
だと思います(願望推測?)
2008.06 / 2010.06