FULLMETAL ALCHEMIST Roy x Riza Novels-22.


 もしあいつが生きていたら、あいつはきっと私を罵るだろう。
 馬鹿だと。自惚れもいい加減にしろと。
 だがあの時はこうするしかなかった。それが最善の方法だと思った…思っていた。
 彼女のことを思えば。


 ノックの音が聞こえるや否や扉が開く。部屋の主が居ることを知っていて。それが誰であるかも分かっていて。
 自身の上官であると分かっていても、彼女は許可を求めようとはしなかった。ノックで入室を知らせたことが最大限の譲歩だったと言える。彼女らしくもない。
 上官自身もそれが自分の副官であると気付いていた。聞こえる足音とノックの仕方で分かる。そしてそれの原因が
――自分にあるということも知っていた。
「大佐!!どういうことですかこれは!」
 怒りの混じったその声。窘めるのでもなく、進言するのでもないそれは。私情と言うものが含まれた抗議。
 ……今はそれさえも懐かしいと言えば、君はどんな顔をするだろうか。
「何だね君は朝早くから。そんな大声を出して」
 うんざりとした表情を顔に貼り付け、平静を装う。彼女からはそう見えただろう。上官は平然としていると。
 これを――、と言ったところでリザは音量を下げた。自身のそれが常識の範囲を超えていたことに気付いたのだろう。彼女が信じ難い命令でもそれが私情であることは明白だった。それを分からなくさせるほど、リザはまだ理性を失っていなかった。
「今回の作戦についてご説明いただけますか」
 強引に声調も落とす。いくらかそれは不自然だったが、今は目を瞑るべきところだろう。彼女の手中にあるその書類を提出した時の感情は無視して、逆に問い返す。
「不満か?」
「……承服できません」
 これも感情を抑えた結果だろう。返答に数泊あったのはその所為だ。
「君の名前が無いことか?」
 その言葉が抑えていた感情を再び湧きあがらせた。彼の指摘は的確だった。リザが抗議した理由を正確に言い当てていた。
――――リザ・ホークアイと言う名前がそこにないこと。
 それ以外に理由はない。
「それは全ての条件を考慮した上で決定した。その条件を君は満たさなかった。……それだけの話だ」
 淡々とした口調でそう答え、彼女に背中を向けた。窓の外に目線を遣ったのは、彼女の顔をこれ以上見続けることが出来なかったからだ。嘘だ、と言ってしまいそうになるから。
「……分かりました。失礼な言動をお許しください」
 リザは一礼すると彼の執務机に手にある書類を滑らせる。もう既に敬意を払うどころではなくなっていた。冷静沈着と評される彼女にそうさせるほどそれに記された内容は、目の前の上官の態度は、残酷だった。  ……なんて平気な顔をしていられるのだろう。
 皮肉でも冗談でもなく、そんな感情が心の底から湧いてくるのを感じた。
 だが、その感情は彼女に何もさせることは無かった。正しく言えば、奪ってしまった。彼女の気力を活力を。


 自身の身体の痛みでロイは目が覚める。
 随分昔のようなしかしつい最近のような、司令部でのやりとり。だがそれがどれだけ昔の話だったかなど忘れてしまった。否、忘れさせられた。現状に。この余りに酷い戦場に。時間の感覚などとうに麻痺してしまっていた。だが彼女のことを思うと胸が痛んだ。そこまではまだ蝕まれていないということか。何よりも大切に思っていたからか。それとも……忘れるなという戒めか。
 指揮官室のソファは彼に安眠を与えてはくれない。最も、本来そこは安息の為の場所ではなく、だから床に寝そべった時のような感じが背中あったし、寝心地も良くなかった。それが一般的なソファであればまた話も変わってきただろうが、ここは戦場だ。そのようなものなど用意される筈はなかった。お世辞にも、それの端くれとしか言いようがない代物であった。
 仮にも多くの隊を纏める立場として赴いているロイには、それに相当する部屋は与えられていた。しかし随分とそこには足を運んでいない。最後にそこで眠ったのはいつだったか。それさえも分からない。遠い昔の話だ。それほど状況は深刻で、徹夜などざらな話だった。ここで仮眠をとった理由もそれだった。
 ……それにそれがいつの話であろうと彼にとってはどうでもよかった。
 ポケットから銀時計を取り出し、時間を確認する。睡眠時間は数時間と言ったところか。起こされなかったということは、戦況は取り敢えず安定しているということか。ぼんやりとそんなことを考える。
すると、ひとつの足音が近づいてきた。それは扉の前で止まる。
「大佐ぁー。入りますよ」
 こちらに選択の余地は無いのか、とロイに考えさせぬうちに扉は開いた。本人も無断入室ではないと言い張る為の言い訳程度にしか考えていなかったようで、ロイを見て少し驚いた様子だった。
「…起きてたんスか」
「ついさっきな」
 何かあったのか、と問えば特に無いですよとあっさり答える。そんなことあったら叩き起こしてますって、と本気なのか冗談なのか良く分からない調子で言いながら、ハボックは机を挟んだロイの向かい側に座った。胸ポケットから煙草を取り出し、火を点ける。
 ロイは一瞬、それに眉を顰めたが結局咎めることはしなかった。
「どうです?たまには」
 吸っているところこそ見たこと無いが、吸ったことが無いという訳ではないらしい。一時期嗜んでいたとかいないとかそんなことを聞いた記憶もある。最も、上官がそれに乗るとは思っていなかったのだが。
「悪くないな」
 一本取り出し火を灯す。妙に慣れた手つきに見えるのは、話を聞いていたことによる先入観か。それとも本当に手慣れているのか。箱をポケットに戻すと、そこに入れておいた紙の存在を思い出した。
「前線からの定期連絡、聞きます?」
 とは言っても内容は――それを寄越してきた彼らには失礼だが、大したものではなかった。ハボック自身もそれは分かっていて、ここに来る口実でしか無かった。窓辺でばれない様に煙草を吸って、仮眠中の上官宛てにそれを残して戻るつもりだった。
「――――て、大佐。聞いてます?」
 数秒経っても返事がないロイに訊ねると、案の定の答えが返ってきた。然して重要なことではないので別に構わないのだが、若干引っかかることではあった。
「どうかしました?」
 こういう状況でハボックは聡い。彼らの下で長年働けばそれは当然なのか。
「――いや。あの時のことを少し思い出していただけだ」
 突然の指示語をハボックは正確に理解した。あんた初めの否定語いらないでしょう、と言いたくなる。寧ろ肯定の言葉が来るべきだ。
「……後悔の間違いじゃありません?」
 思い出していただけではなく。それには後悔が含まれているのではないか。
「リザを連れてこなかったことに関しては後悔していない。ただ」
 数泊置いて続ける。
「本当のことを言えば良かったとは思っている」
 どうしてこの人は、一番大切な人に必要な言葉を言わないだろう。
 遊び相手に、情報入手のために付き合う女性には、一番だの大切だの聞く方が痒くなるような言葉を連発するというのに。
 ……それを世間では後悔って言うんですよ、大佐。
 その言葉は心に仕舞っておく。余計な言葉だと分かっているのだろう。
 ふと指揮官室に来る前に聞いたことが蘇る。将軍直々の部下が視察を兼ねて連絡に来ると。
 聞いたときこそ訝しさが拭えなかったが……そういうことか。
 それはつい先ほどの情報なので恐らく目の前の上官は知らないだろう。他にもいるんじゃないか、知っている人が。
 ハボックは苦笑する。自分達だけではなかったと。だがロイから見れば随分と不思議に見えたようだ。
「なんだ」
「いえ別に。思い出し笑いです、忘れてください」
 じゃ、俺戻りますんで。と立ち上がる。彼にその続きは問わせず、長居すると怒られるなどと言い訳をつける。
 経ち去り際に、やはり伝えておくべきかと迷ったが、何とか呑みこんだ。ただ、
「もう少ししたら戻ってきて下さい。指揮官無しじゃ、疲労度が違います」
とだけ告げた。これくらいのおせっかいは許されるだろうか。

*

「よう。早かったな」
 指揮官室から戻ったハボックにブレダは横目で声掛けた。何やら作業中らしいが、ハボックは手伝う様子はない。近くにあった椅子に腰を下ろす。
「着くんだろ?将軍直属の部下が」
「あぁ」
 確信犯め…と思ったが、彼がそれだとすれば自分も同罪だ。時間を見計らって彼をひとりにしたのはそれに値する。
「大佐は?」
「起きてたよ。……全く、何を考えていたやら」
 先を思い返し、そんなことを呟く。その状況で彼女が訪れたらどんなリアクションするかなど想像に難くない。だがハボックはそれを敢えて考えないようにして、煙草を取り出す。それにブレダは眉を寄せたが、
「休憩時間くらい吸わせろよ」
と苦笑した。


 燃え尽きた灰が軍服に落ちる直前で気が付き、慌てて灰皿に落とした。ハボックから貰った煙草はとうに短くなっていた。部下が出て行くなり――否、居るときからそうだったが、彼女のことばかり考えていた。折角の煙草もこの有様だ。
 その時、ノックの音が聞こえた。ハボックかと思ったが、先まで居たのだからノックも程々に扉を開けるだろう。だが相手はロイの返事を待っている。煙草の火を消し、入れ、と承諾の意を伝える。 「失礼いたします」
 声を聞いたのと、彼女の顔を見たのはほぼ同時だった。忘れもしないその顔。わざと傷つけるようなことを言って、置いてきた副官。
「グラマン中将の指示により、マスタング大佐宛てに手紙をお届けに参りました。」
 きりりとした口調。全くと言って良いほど乱れていない髪。酷く自分を傷つけた相手であるのに、変わらない表情。
 ……君は強いな。
 自分はこんなに動揺しているというのに。加害である自分が抱く権利など無いというのに、嫉妬と言うものが交じってしまう。
 封筒を受け取る。それをテーブルに置き、向かいの席を勧めるが。
「お気遣いありがとうございます。ですがまだ仕事が残っておりますので」
 そう言ってリザは踵を返す。ドアノブに手を掛けたのと周囲に影が落ちたのはほぼ同じだった。彼の掌が扉に打ち付けられる。
「行くな」
 酷く低い声。囁くように、吐息が掛かりそうなほどの距離でそんなことを言われれば、リザはドアノブを回すことが出来ない。言葉に拘束されているような気分になる。
――――どうして。今、ここでそんなことを言うの?
 私を置いて行ったのに。何を今さらそんなこと。期待させるような言葉を言わないで。
目を瞑る。今耐えなければ、涙腺が決壊しそうだった。先の言葉で泣いてしまうなんて御免だ。まるで彼に思い入れがあったよう。それは単なる傲慢。思い知らされた筈なのに。けれど心のどこかで淡い期待を持ってしまう自分が憎かった。
 今ここにいるのは、リザ・ホークアイという個人では無くひとりの軍人。彼に余計な感情は要らない。強引にそう思い込ませて、深呼吸。今ならまだ、間に合う。
「全部、嘘、なんだ……」
 言葉を紡ごうとしたところで独白にも似たそれが聞こえ、虚を突かれる。振り払おうとした言葉が脳内から飛んだ。
「ほんとうは、自信が無かっただけなんだ……この戦場で、君を守る自信が」
 考えるよりも先に言葉が次々と出てきた。不思議なものだとロイは思う。
「だからわざと君を傷つけて、遠ざけた」
 そうすれば君は来ないと思ったから。あの時突っぱねなければ、きっと君は志願したと思うから。
「言い訳がましく聞こえるかもしれないが、これは全て…事実だ」
 そこまで言ったところで、ロイははっと我に返った。
 ……何を勝手に言っているのだろう。今更。あの時の言葉は嘘だったと、自分の後悔を吐露して何になる。満足するのは自分だけではないか。
「すまない。……今のことは忘れてくれ」
 口走ったそれは戻らない。それならせめて忘れてくれと言って詫びた。だが、
「それは今の言葉が嘘だからですか」
 普段のそれとは違う声に、ロイはやや驚く。
 リザは振り返り、下から上官を睨みつけるような顔をして。
「あなたはいつも…いつもそんなことばっかり。一方的で、私の意志なんて関係ない。言いたいことだけ言……――っ」
 言葉が詰まった。もう耐えられなくて、リザの目から大粒の涙が溢れ出す。それを見せたく無くてリザは俯いた。
 ――――必要無いと切り捨てられたと思ったけれど、その言葉で諦めることも出来なくて。
 あなたの言葉ひとつで嬉しくなって、馬鹿な女と思ったけれど。
 結局、あなたを嫌いになんてなれなかった。
「…私はあなたの言葉を信じていいのですか」
 あなたをずっと好きでいていいのですか。
 それに答えるように、ロイはリザを抱きしめた。
 言えば彼女は泣くとどこかで思っていた筈なのに、口走ってしまった自分に内心で苦笑しながら、
 その涙に、こんな思いを二度とさせないと彼は誓った。


END

*POSTSCRIPT*
[ROY EYE FESTIVAL]献上作品
タイトルは、選択お題と言うことで頂きました
多かれ少なかれ、大佐は中尉に対して守りたいと思う気持ちがあると思います。
2008.06 / 2010.06