リザが上官の自宅を訪れたのは、異動の数日前のことだった。 中央司令部への異動通達が届き、遅くても明後日にはここを立たなければならない。リザの方は既に新居の手配も荷物の発送も済んでいて、あとは中央へ向かうだけだ。準備期間として今週は半日勤務で、今日からは休暇となっていた。 昨日まで手続き書類その他諸々に追われ、半日と言っても疲労は然して日勤と変わらないだろう。ヒューズ准将の死後、まるでそれを忘れさせているかのような忙しさだった。 そして今日、リザがそこを訪ねると…段ボール箱の山がまだ積み上がっていて、部屋は散らかっていた。 「まだ終わっていなくてな。適当に座ってくれ」 苦笑交じりにそんなことを言いながら、リザに辛うじて片付いていた椅子に座るよう促した。彼女が右手に持っていた紙袋の中身は彼への差し入れだったので、 「大佐はどうぞ続けてください。私がお茶入れますから」 と申し出る。右手のそれを見せれば、彼もそれを悟ったようであっさりと引き下がった。食器はまだ棚に入っているからと指示をして、作業を再開した。 ティーカップと茶菓子を並べ、彼らは揃って席に着いた。リザが多忙のところに訪問したことについて謝辞を述べると、気にしなくていいと返事が返ってきた。昨晩から些(ちっ)とも進んでいないと彼はまた苦笑した。 周りをよく見渡せば、普段彼が使用しているとは思えない物ばかりだった。リザがそれに気づいたのと、ロイがそれを語り始めたのは同時だった。 「捨てられない物ばかりなんだ」 彼の話によれば、古くは師に教えを乞うた頃の物があるという。それは写真であったり物品であったり、枚挙に遑がない程存在するらしい。 ロイは直接語らなかったが、話す彼の表情からそれが辛い取り返しようもない過去の物もあるように感じられた。 また、辛い過去にある幸せなそれも時には彼の戒めとなるのだろう。ヒューズ准将とのそれは、良き思い出であると同時に彼を励まし、時には叱咤するのであろう。 リザがそれらのものを捨て、思い出の品が無いことを戒めとするならば、ロイはその逆なのだろう。その結果が、これだ。数えきれないほどのそれは、しかし彼の背負う一部にすぎない。 捨ててしまえれば楽なんだろうな、とリザに語るのではなくひとりごちるようにぽつりと言った。内戦時などは、人非人とさえ評されることさえあるが、心を痛めているのだ。それをリザは知っている。…最も、今の室内の状況には多少なりとも驚いているのだが。 「お手伝い、しましょうか」 ロイからそれを聞いて、リザ自身もそれを感じてきて、敢えてそう申し出た。ロイは虚を突かれた、と描写するのがぴったりな顔をしている。 「ひとりでは大変でしょう?私で良ければ、お手伝いしますが」 それは彼の判断に任せるところである。自分は既に発送も済ませましたから、と言えば彼は微笑した。 「よろしく頼むよ」 …とは言っても、リザが手伝えることは限られていた。荷物の仕分けは分からないので彼に任せきりで、それを梱包し、隅に寄せるくらいだった。だが、昨晩の進行状況からすれば作業は恐ろしく早く進んだ。作業が滞っていたのは、それらを見る度様々なことを思い出しては作業が中断していたからで、リザが隣にいるとなればそれはいくらか軽減される。 ふと、ロイの手が止まった。あと数箱で荷造りを終える直前だった。 「どうかされましたか?」 箱詰めの手を止めるロイに問いかければ、彼は一枚の円盤を彼女に差し出した。古い、随分と聞いていないレコードだった。 「これは…?」 「昔買ったものだ。君が持っていてくれ」 表紙は随分と色褪せていて、その方面に詳しくないということもあってそれが何なのかリザには分からなかった。辛うじて、管弦楽かその類のものであることは分かった。 「しかし大佐の大切なものなのでしょう?」 随分と年季のあるそれに、リザは戸惑う。色褪せているのは決して、保存状態が悪いだけではない。彼の言うとおり、購入したのがうんと昔なのだ。それを易々と受け取っていい筈がない。 「だからこそだよ」 「え……?」 彼女の心中をいわば逆手に取ったそれに、リザはきょとんとする。ロイはそのレコードをリザの手に持たせた。 「大切なものだからこそ君に持っていて欲しい。全てが終わったら、一緒にこれを聞こう」 「……はい。」 リザはそれを受け取ることにした。全てが終わったら――――その言葉を信じて。 まだそれは彼女の部屋で眠っている。いつか音を紡ぐ日を待ちながら。 END *POSTSCRIPT* タイトルはEndless4よりお借りしました。 中尉って無趣味っぽいと思ったのがはじまり。 物が残っていないことを戒めとするのが中尉なら、大佐は逆だろうと。 2008.08 / 2010.06 |