彼の背中を守ると決めたときから分かっていた筈なのに、それは時々心の中で矛盾する。 それは彼の意に反すると、知ってはいても言い聞かせてみても、その思いが消え去る日は来ない。 時に背中を押さなければいけないのにそれが出来ないのは、 国の在り方を変えた明日に、彼の明日は無いから。残された道は、全てを侵食してしまうような闇でしかないから。 身分、出生、性別、民族。人は必ず何かに規定されて生きている。生まれたその時から何かしらのレッテルを貼られ、たとえそれが間違っていようとも、多くの人間はそれに逆らうこと無く生きていく。心の奥底で異を唱えていても、それを行動に移す人間は少ない。たとえそれが国家であったとしても、また然り。 それは抗っても変わらないと諦めているのか。それとも事実を知らないだけなのか。 だが事実を知れば、抗わずには居られない人間もいる。彼――ロイ・マスタングという人間はまさにその典型だった。『錬金術師よ民衆のために在れ』…軍の、国の為に錬金術を使うことは結果として国民の為になると信じ、彼は自ら軍服に袖を通した。だが、それは、彼が願ったような、国民の幸福に繋がるものでは無かった。 ――――イシュヴァール戦。国内平定などと言うのは名目で、実際は殲滅、皆殺し同然だった。それを知った。周辺諸国からの脅威に、軍事力の強化以外の選択肢を考えていない。議会は独立した機関と言われながらも実際は軍の傀儡。それが正しい、なんて。 だが、国を守ると言っても人間ひとりでは出来ることはごく限られていて、非力な存在でしか無い。ならば、守れるだけのほんのわずかな者を守り、彼らがまた守れるだけの人間を守ればいい。生き伸びて、国の頂点に立ち、国を変える。それが、彼の目的。 あやつり人形でしか無い、議会を元ある形に戻す。周辺国家と協議を進め、軍備縮小の道を開く。 それが、彼の描く「未来」。 だが、そこにイシュヴァールの英雄は必要ない。 乱世の英雄は国があるべき形に戻ったときただの大量殺人者でしか無い。しかるべき場所で裁きを受け、断頭台という選択肢が無いとは限らない。リザも内戦には参加したが、彼とは背負っているものが違う。それに彼は、自分たちを――下の者を守ろうとするのだろう。 それを知っているから、時に彼の背中を押すことを躊躇ってしまうのだ。生きていればそれだけでいいなどと思ってしまうのだ。 生きているからこその悩みだとは思う。リザだってどのような裁きを受けるか分からないし、「明日」が保障されているわけでは無い。だが、彼は。上官は。 ―――― 一体どれだけのものを、罪を、あの肩に背負っているのだろう。 心配になる。時に唇を噛み締め、悲痛な表情を浮かべ、思いつめた顔をして。 彼は今までどれだけのものを失ってきたのだろう。 どう声を掛けるべきか迷っていれば、 「どうかしたか?ホークアイ中尉」 笑う。その表情は消えている。隠されている。……仮面の下に。 「付いて来てくれるか」 行きましょう。あなたが望むなら地獄まで。 「ここで待っていろ」 待ちましょう。あなたが戻ってくるまで永遠に。 だから約束して下さい。生きて、必ず戻ってくると。 あなたが生きてなければ、私の未来に意味はない。 私の未来を守ってくれるのならば、約束を果して。 生きている、それだけでいい。 地位も、肩書きも、名声も、要らない。 「ご武運を」 ならば私はあなたの背中を押す END *POSTSCRIPT* タイトルはnoir様よりお借りしました。 補佐官の回とカマ掛けの回が基本ベースです。 未来とか明日とか、人は平等では無い思考回路は、某作品の影響がかなりあります(苦笑) でも、重ねてしまうところがあるというか、共通点を感じてしまうのですよ。 2008.10 / 2010.06 |