FULLMETAL ALCHEMIST Roy x Riza Novels-28.



「外に出てくる。直ぐ戻る」
 外部からの電話を取ったかと思えば、受話器を置くなりそんなことを言うものだから、リザだけでなく執務室に居る誰もが驚いた。
「将軍閣下が来るんじゃなかったんスか?」
 部下の言葉を代弁するように訊ねたのはハボックだ。ロイはコートを羽織って外出する気満々だが、まもなく来訪時間である。
 そうでなくても若年にして大佐の地位と言うだけでが厭味が飛び交うと言うのに、事前にアポイントメントがあっての不在は非常によろしくない。
 上官がその手のことを気にしないと知ってはいても、やはり確認くらいはしておくべきだ。
 それにロイはあっけらかんと答えた。
「その将軍直々のご命令だ」
 ご命令、と言う割にそれには全く敬意と言うものが感じられない。やれやれと言わんばかりの口調に、先の電話の大よその内容を悟る。
「それはまた大変なことで」
 上の気紛れに付き合わされることに少しだけ同情して、ハボックは苦笑した。
「全くだ」
 今度は随分と本音らしい言葉を吐いて、ロイは出て行った。不明な点は中尉に指示を仰ぐように、と言うのは既に暗黙の了解だ。
 リザは将軍がいつ来訪しても良いように茶菓子を用意すべく部屋を出る。
 しかしいつまで経っても上官と来る筈の将軍は現れなかったのだった。

*

 結局、彼が司令部に戻ってきたのは日が沈んでからだった。
 にぎやかなセントラルの町は静かになり、街灯がひとつまたひとつと明かりを灯す。日勤のものは定時で上がり、司令部も随分と静かなものである。
「悪いな、遅くなった」
 帰ってくるなりそんなことを言って、ロイはコートを脱いだ。
 リザはそれを受け取って、ハンガーに掛ける。
 定時はとっくに過ぎているのに、椅子に座って仕事に取り掛かろうとするから、リザは少し驚いてしまった。
「どうした?」
 私の顔に何か付いているか?と呆気にとられたような顔をするリザに訊ねる。
「いえ。何でもありません」
 彼女にしては珍しく少し慌てて物を言ったので、ロイは少し笑ってしまった。
―――今のリザの心境は既にお見通しなのだ。
「物珍しいものでも見たような顔だな」
 リザも直ぐにそれが分かったので、
「直ぐご帰宅なされると思っていました」
と正直に答えた。
 するとロイは普段ならそうするな、と意外にも認めた。
 今日は意外の連続である。
「普段なら、ですか?」
 出過ぎた質問だと気づいて訂正しようとしたが、ロイはリザを咎めることはせず、ペンを置くと苦笑して見せた。
「娘を連れてくるんだ。まったく、驚いたよ」
 今日の訪問は私用、それにかこつけて食事に連れていかれて参ったとロイは続けて溜息をつく。
 敬意を払うかは兎も角、上官との食事ほど面倒なことはない。加えて娘がいるとなると彼女に対しても父を立てなければならないため猶更面倒臭い。それを彼がやったかどうかは定かではないが、まぁ、彼の気持ちは分からないでもない。
 だが一方で、彼に娘を会わせたがる将官がいることも事実なのだ。この若さにして大佐、加えて国家錬金術師の肩書を持ち、将来有望とさえ噂されるとなれば、これほど花婿に相応しい人間はいない。
 司令部に連絡が入った時からそのつもりだったのだろうな、とリザは思った。
「そうでしたか」
 だからリザはあっさりと合点した。
「―――妬いたか?」
 少し嬉しそうな――後から思えばそんな気がする――顔で訊ねた上官に副官はまさかと即答した。
「今回は兎も角、そのような話が纏まったのであれば祝福すべきでしょう?」
 副官としては完璧な答えだ。だが、女性としてはどうだろう。
 ロイは表情を改めた。その視線は何かを訝しむよう。
「本当にそう思うのか?」
「冗談で私がそのようなことを言ったことがありましたか」
 至極当然のようにリザは言って、自分の席に戻ろうとする。だがそれは上官によって憚られた。
 腕を掴んで、かつてのようにファーストネームで呼ぶ。その凍てつくような視線に居たたまれなくなって、リザは目を逸らした。
「仕事中にその呼び方は、止めてくださいと…」
「今は勤務時間外だろう?」
 リザは腕を解こうとするが、叶わない。リザはロイを直接見ないまま、それに反論した。
「ですがここは司令部です。誰かに聞かれたら―――」
 それこそどうなるか。特に彼らの場合は、小さなことでも尾ひれはひれが付いてあっという間に広がってしまう。
 将軍からの縁談話を直接的ではないにしろ断ったことを誰かが知ったら、その行方は火を見るよりも明らかだ。
「困る、とでも?」
 漆黒の瞳は、穏やかさなど映した覚えが無いほど厳しかった。
 その視線も、困る。
 彼は視線も腕も外すつもりはないらしい。
 どうしたものかとリザが考えていると、それは急に緩くなった。離して欲しいとは思っていたが突然のそれに、リザはびっくりした。
「自分を抑えて他人を優先する。君の悪い癖だ」
「………。」
「どうして困る?」
 穏やかな――いや、哀しそうな顔だ。
 上官のこういう表情に弱いと、リザは思う。
「…あなたは困らないのですか?」
 彼女が訊ねると、彼は苦笑して見せた。
 困る筈ないだろう?と言うのは、とても冗談に聞こえない。
「本当のことを噂されて、何故都合が悪い?」
「……また上に何か言われるでしょう」
 自分ではなく上官が、と言うのは暗黙の了解だ。
「否定はしないが、単なる暇潰しだろう。或いは妬み」
 ロイは椅子に座るとペンを取り、くるくると弄ぶ。
「妬み?」
「いわゆる嫉妬というやつだ。地位が上に上がるほど傲慢になるからな」
 君のような美人を手に入れたがる、と言うのは彼の憶測だろう。
 少なくともリザはそう思った。
「それで、君は妬いてくれないのか?」
 私は結構妬いているなんて言わないで欲しい。
 冗談に聞こえない。
 例え嘘でもその言葉を嬉しいと思ってしまうから。


END

*POSTSCRIPT*
大佐の女好きは中尉の気を引くためと解釈したい人。
て、今回は大佐の女好きが原因じゃないですけど…。笑
演技なのか本音なのかはご想像にお任せします。爆
2010.06.11