「お待たせして、申し訳ありません」
約束をした時計の下で待っていると、待ち合わせの女性から声が掛かった。
「いや、私が早く来過ぎた。気にしなくていい」
まだ待ち合わせ時間の15分前だ。彼女が悪い訳ではない。
行こうか、と言おうとして彼女を見ると、随分さっぱりしていたから、少し驚いた。
「髪、切ったのか」
胸のあたりまであった髪は、ばっさりと切られてショートカットになっていた。
再会した時を思い出させる。
「はい」
彼女は特に未練もなかったようだ。下ろした君も綺麗だったのに、とロイが言えば、逆に意外な顔をされた。
「いや、今の君も好きなんだが…」
と、付け加える言葉は彼には珍しく歯切れが悪い。
「私なりのけじめですよ」
「けじめ?」
リザは少し笑ってみせた。
「民主化への」
前大総統の時代に大きく軍事に傾いた国政は、少しずつ元の姿を取り戻しつつある。
国内からの改革なので段階を踏まなければならず、時間が掛かる。
急げば周辺諸国の侵入を許し、逆戻りしかねないからだ。
それでも、彼の願った方向へは確実に、進んでいる。
それに、とリザは付け加える。
「半分、願掛けのようなものだったのですよ」
だから、政治の形が変わりつつある中で、伸ばしていく理由もない。
完全ではないが、あるべき方向へ向かっているからだ。
「…もう半分は?」
「ウィンリィちゃんの影響です」
あの時、何となくではあるが髪を伸ばそうと思った。それがいつしか、彼の目的の願掛けとなったのだ。
「リゼンブールの彼女か。随分前だな」
彼女と会ったのは、エルリック兄弟を訪ねたときだ。イシュヴァールの内乱の翌年だから、思い返すと長い。
「そうですね」
首肯して、リゼンブールと言えば、とリザは話を続ける。
「先日、エドワード君が訪ねてきました」
その場に居合わせていたが、元の身体に戻ったこと報告と旅の間に世話になった人への挨拶回りだと言って来てくれた。
「西に行くとか言っていたな」
ロイの言葉に、リザは驚かなかった。直接エドワードは言わなかったが、ロイのところへも行っていることは分かっていたからだ。
「…寂しいですか?」
会えば軽口を叩きあっていたから、そう訊ねてみればまさかと即答された。
「清々しているくらいだ」
「素直じゃありませんね」
少なからず自分と重ねていらっしゃったのはどこのどなたですか、とリザが言うと、それこそ寝耳に水と言わんばかりの顔。
「………気付いていたのか」
その点は、素直に認めるらしい。
「何を今さら」
そんな話をしているうちに、ワゴンを見つけたのでそこで花束を買った。
暫く情報交換のような世間話をして、中央にある墓地に足を進めた。
今日は、ヒューズ准将へ報告に来たのだ。
軍のこと、目のこと、兄弟のこと、目的を果たしたこと。
そして再びかの東の地へ―――
話しきれないほど、報告することがある。
随分と負けて貰った花束を手向け、リザは暫くロイをひとりにした。
その方がヒューズ准将に話しやすいでしょうと言ったら、気を遣わせるなと彼は苦笑した。直接会って話すわけではないが、そういう時間も必要だと思ったのだ。
東に戻ったら、両親の墓に行こうと唐突にそんなことを思って、戻ると、ロイに悪かったなと言われた。
「―――半分は願掛けだったと言ったな?」
突然、ロイに抱きしめられた。
二人の頬を風が撫でる。
「また髪を伸ばしてくれないか」
なんとなく、理由は分かる。
「願掛けに、ですか?」
あぁ、とロイはリザの項に顔を埋めたまま答えた。
「嫌です」
リザはロイのそれをあっさりと容赦なく否定した。
これだけ即答されると、へこむ前に理由を聞きたくなる。
「なんでだ」
少し拗ねたようだったのは、仕方ないだろう。まさか断られるなんて思ってみなかった。
「これから先のことは、戒めではないでしょう?」
彼は、自戒のためにイシュヴァール政策に乗り出すのではない。視力を回復させた代償だと考えているのではない。
目的を果たしたその先、なのだ。
自分の無力さに腹を立て、国を変えようと上を目指していたときとは違う。見据える先は同じでも、理由は異なる。
「それに私は、願など掛けなくても叶えてくれると知っています」
「―――信頼されている、と思って良いのか?」
まだぼそりとした印象の声が続く。どうでしょう、とリザは微笑した。
「それはあなたの判断ですよ」
階級ではなくかつてのように呼ぶと、ロイは懐かしいなと少し笑う。
そうしてまた、報告することがひとつ増えれば良いと思ったのだった。
fin.
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中尉の髪の件(と大佐の反応)は妄想せずに居られない件。
昔を思い出すけれど、やっぱり伸ばして欲しいんじゃないかなぁ…と。
個人的に、ヒューズさんは二人の仲人的な(笑)
タイトルは16巻の兄弟のセリフより。
2010/10/31