04. 傷跡

 呼び鈴が鳴ったので扉を開けると、副官だった。
 正確に言うと、そこにかつてのと言う修飾語が付く訳だが、ロイの中では彼女は常に副官だった。自分が正しい道を歩いていると言う証明でもあった。
「中尉か。どうした?」
 休日――と言っても、怪我人と言う理由で強制的に休まされているのだが――に訪ねてきた彼女に訊くと、病院に行ったら来ていないと聞いたからと言った。
 隠すも何も、退院以来、病院には行っていない。リザと比べれば大した怪我ではなかったからだ。
 しかしそれはロイの言い分であって、リザには通用しない。
「……化膿しても知りませんよ」
 と叱られた。返す言葉はない。
 だが、ロイにも気になっていることはあった。
「君の傷の具合はどうだ?」
「もう…あなたは人のことばっかり」
 リザは呆れる。彼に自分の心配をすると言う考えはないらしい。
「私が負わせた傷だからな」
「これは私の不注意です」
 きっぱり言っても納得しない。ロイは少しむっとして、
「それでどうなんだ」
 とリザに問いつめた。
「言ったでしょう、ただの創傷ですよ」
 大したことないと言わんばかりの声音で言うが、そんな筈は無い。
 シン国の少女に止血して貰わなければ失血死は免れなかった。
 日が経ってもなお、包帯巻きの様子が傷の深さを物語っている。
 かすり傷では決してない。
「…痕は、残るのか」
 彼女が負傷して間もなく扉を開けさせられて視力を失ったから、直接傷口は見ていない。
 だから、ずっと心配だった。背中の錬成陣を焼き潰した自分に筋合いは無いと分かっていても、気になっていた。
 それは、さっきリザにも言ったが、ロイ自身が負わせた傷だからだ。
「―――は?」
 聞こえなかったと言うよりは、何を言っていると言わんばかりの顔だった。
「だから、その傷痕は残るのか」
 言葉を理解したリザは、逡巡して
「時と場合によって或いは」
 少しだけ言い辛そうだった。
―――君のことだから、人のことを気にしているのだろうな。
「すまない」
「謝らないで下さい」
 リザの表情に、やっぱり、とロイは思う。
「付いていくと決めたのは私です。それが望まない結果になったとしても、誰かを責めることは出来ません」
 あの殲滅戦で、赦しを請うなど殺した側の傲慢だと彼女は言った。
 その考えは変わっていないらしい。
 だが、彼が今彼女に問うたことは、別の意味を含んでいた。
 ロイは、小さく頭を振った。
「女性の身体は、傷付けてはいけない理由がふたつあると言うだろう?」
 リザは小首を傾げる。ロイの主旨が理解出来ない。
「ひとつは自分自身のため。もうひとつは…」
――――生まれてくる子どものため。
 ロイが言うと、リザは少し呆れたようだった。微苦笑を浮かべて、
「私の背中のことはご存知でしょう?」
 気に掛けてくれるのは有り難いが、そのようなことは考えていないとリザは言った。
「焼き潰したのは私だ」
  「そう願ったのは私です」
「それしか方法が無かったからだろう」
   新たな焔の錬金術師を生み出さないためには、秘伝を破壊するしかない。
 償い赦しを請うのは殺した側の傲慢。死にたいときに勝手に死ぬことは赦されない。
 ならば、選択肢はひとつしか無かった。
「ですから、大佐に責はありません」
「………。」
 だが、と今にも反論しそうなロイを前に、リザは続けた。
「私は、悔やんでいることはあっても、誰かを恨んでなどいないのですよ」
 恨んでいるとすれば、過去の自分だ。
 目の前の上官を咎めるつもりは毛頭ない。
「……何を悔やんでいるんだ」
 私に付いてきたことか、とロイは言った。
 まさか、とリザは頭を振った。
「あなたに秘伝を教えたことです」
 秘伝は娘が知っている―――そう彼女の父は言い残した。
 父が自分の良心を信じて託したと言うのなら、彼に教えるべきでは無かった。
「私はあなたに、取り返しのつかない大きなものを背負わせてしまいました」
 殲滅戦で奪った沢山の命。
 人体実験に加担させられた心の闇。
 そして―――視力を取り戻すために使った賢者の石。
 全ては、それから始まっていた。
「…私が、師匠に教えを請うたことを後悔していると思うか?」
 反語の意味であることは分かっていた。
 それでもなお、悔やまずには居られない。
 リザは、俯き加減になっていた顔を上げた。
「ですが、私があなたに焔の錬金術を教えなければ…視力を失いはしなかった」
 イシュヴァール人を使った賢者の石を代価にすることもなかった。
「……中尉、私の眼は見えているぞ」
「それは賢者の石を使ったからでしょう?」
 秘伝とイシュヴァール人の命。私はどれだけのものを彼に背負わせただろう?
「私が弱かったからだ」
 ロイは扉の淵に凭れ掛ける。身体がまだ本調子でないからだ。
「実験に手を貸すことになったこと、賢者の石を使うことになったこと、全て」
 だから、師匠や君に腹を立てるのは門違い。
「だが、もし君に後悔が残ると言うのなら――」
 ロイはその続きを言いかけて、止めた。
「大佐?」
 どれだけ彼女の未来を拘束するつもりなのだろうと嘲笑いたくなる。
 首を傾げるリザに、ロイは苦笑して見せた。
「明るい未来を約束できればいいんだが…」
 付いてこいなど、それには程遠い。
 きっと、辛い思いもさせてしまう。
「明るい未来の約束、してくれないのですか?」
 まさかリザからそう言われるとは思わず、ロイは虚を突かれた。
「中尉、」
「イシュヴァール政策の、と言う意味ですよ」
 信じていると言わんばかりの顔を見て、思う。
 彼女に、明るい未来を約束しよう、と。


fin.

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 大佐にしろ中尉にしろこの辺りはループするんじゃないかと。
 それを理由にずっと一緒にいればいいよ!←
 2つの理由は某ドラマの影響です。笑
 2010/12/31