I Remember You 02.



 何がどうなっていると聞きたいのはリザも同じで、結局、仕事をしないまま即刻病院に連れて行かれた。
 診察を受けて言われた結果は、記憶喪失だった。
 とりわけ、特定の人間のみの記憶が失われるという特殊なケース。
 人間は、無意識のうちに自分を守ろうとするらしく、それにより健忘となってしまうことはままあるらしい。強いストレスや心的外傷から回避するためだ。
 職場でストレスが溜まらないと言うと嘘になるが、耐えられないと感じる程ではない。
 強く頭を打ったりしたかと聞かれ、検査も受けたが、その覚えも全くない。薬も飲んでいないとなると、原因が全く不明だ。
 加えて、特定の人間だけと言うのは長年医者をやっていても聞いたことがないらしい。
「社会的事情は覚えているというケースは多いが。何か心当たりは?」
 後半の言葉は、カーテンの向こうで立っているロイに向けられたものだ。
 消えた記憶が彼のものだけならば、原因である可能性が高い。
「ない。だから困っている」
 ロイが顔を出して答えると、医者は肩を竦めて溜息を吐いた。医者もお手上げのようだ。
 無理をさせないのが一番の薬。何らかの拍子で戻ることがあるから、暫く様子を見ようということになった。突然の記憶喪失ならば、突然の記憶回復でもおかしくはない。
リザもそれに頷いて、ロイと一緒に病院を出た。
「……あの、大佐?」
 病院を出てからしばらくリザは逡巡して、隣を歩くロイに訊ねた。
「うん?」
 リザがずっと躊躇っていたことは知っていた。だが、そうしないほうがいいと思って、敢えて声を掛けなかった。
「申し訳ありません」
 勤務時間にお手を煩わせて、とリザは付け加えたが、それがどのような意味なのか、ロイは理解していた。
 (――――思い出せなくて)
「気にすることはない。君が有能なのは私が知っている」
 診察時間を取り戻すくらい容易いだろう、とロイは笑って言った。
 誰より、と修飾語を付けなかったのは彼女に気を使ったからだ。
 これ以上、後ろめたい感情を抱かせたくはない。
「戻る可能性が分かっただけでも収穫だろう?病気や怪我が原因ではなくて良かった」
 後者は、ロイの一番の本音だった。彼女が冗談で言ってないことが分かって、真っ先に疑ったのが病気だった。今まで症状を見たことはないが、重病だったらと考えてしまった。
 そして、前者は、どちらかというと、ロイ自身の希望に近いものだった。医者は、何らかの拍子で戻ると言ったが、それがいつなのかと言うことは明言しなかった。聞けば、人によって様々で数日から数年と実例だけでも幅広い。今回は特殊なケースだから特に分からないと言われた。
 彼女が気に掛けていないと良いが、とロイは思う。
 リザの性格を考えると、ロイを忘れてしまったことを気にしそうだからだ。
 そんなロイの懸念は、事実、当たっていた。
 リザは、可能性より必ず戻ると言う確証が欲しかった。今日のこれまでを推測するに、隣を歩く上官とは喧嘩するほどの仲だったらしい。気にすることはないと表面上は笑っていたけれど、どこか寂寥を浮かべている印象を受けた。きっとそれは、他の何でもない、自分が記憶をなくしたからだ。
―――――思い出さなければ。
 誰に強制された訳ではないが、リザは義務感にも似たそれを感じていた。



To be Continued...

2008.03 / 2010.09