その好意を優しさと言うのか、何というのかリザは知らない。 「大佐には中尉しかいないでしょう」 扉を開けようとした刹那、執務室からそんな声が聞こえた。 手を止めて、それに耳を傾ける。 盗み聞きなど良くないことは分かっていたが、リザは彼らが失う前のことを話そうとしないことは分かっていた。 言ったのはフュリーだったが、同じようなそれを昨日、ブレダは言って口を噤んだ。 意図的に話さないようにしている、と言うのは感じていた。 「しかし、当の大佐があれじゃあなぁ」 とブレダは溜息を吐く。 リザにはその指示語が理解出来ない。 話の方に気を取られていて、愛犬の耳がぴくりと動いたことに気が付かなかった。 「―――中尉?」 声が聞こえたと同時に、ブラックハヤテ号がロイの方へ歩いていく。 愛犬は上官のことを覚えているようだった。 「お早う」 「……お早うございます」 リザは平静を装えている自信が無かった。 背中を嫌な汗が流れる。 「入らないのか?」 ロイに言われて、リザは扉を開けた。 あ、と言ったのは真っ先に気付いたファルマンで、ハボックも慌てて煙草の火を消した。ハヤテ号の存在に気付くとフュリーは嬉々と近づく一方、ブレダは思いっきり後ずさった。 「大佐ぁ、紹介状が届いてますよ」 ハボックは、のんびりした声音でロイのテーブルを差す。 「紹介状?」 ロイが眉根を寄せて訊ね返すと、上からと返事が返ってきた。 これが良い紹介状であった試しがない。 嫌々ながらも封を開けると、案の定だ。 中央と東の管轄の境に視察へ行けとの指令だ。君の見識を広げる役に立つ、と言う言葉は、押し付けるための言い訳だ。要するに、面倒だから代わりに行って来いとの命令。 リザが心配だから、中央を離れたくはない―――そんな言い訳が通用する上層部でもあるまい。 「中尉、スケジュールの調整を頼む」 記憶を失っても、彼女の仕事は早い。 「了解しました」 リザが少しでも、気が楽になればと思うことにして、ロイは実務をこなすしかなかった。 「―――大丈夫、ですか?」 駅まで見送りに来たリザが、ロイに訊ねた。 流石のロイも、苦笑を禁じ得ない。 ロイ・マスタングの記憶を失ってなおこの言葉―――早く思い出して欲しいと願ってしまう。 それは勝手なことで、無理をさせてはいけないと分かっていても、その思いは止められない。留まることを知らない。 「辺鄙なところに傷の男もいないだろう。近くにイシュヴァール人のスラムもない」 確認してくれたのは君だろう、と言うと、それはそうですが、とリザは言葉を濁した。 本当なら護衛を頼むと言いたいところだが、やはり少し躊躇った。 中央を離れ、隔離の言葉も等しい辺境地にリザと二人で行って、理性を保っていられる自信がなかった。 「君は、少し休暇を取るといい」 突然のそれに、リザは驚いたようだった。 「疲れているだろう?」 その言葉に、ロイは二つの意味を込めた。 ひとつは、単に、ずっと休暇無しだったという意味だ。一件の前は、ロイが仕事をさぼっていたことも相成って、残業続きでもあった。 「ですが―――」 反論するリザを制止する。 はっきりしたところは、以前と変わらない。 「既に申請はしてある。気兼ねする必要はない」 ロイはそう言って、リザを言いくるめた。そうでないと休みたがろうとしないことくらい、分かっていたからだ。 「―――返事は?」 「…はい」 リザの返事を聞くと、ロイは行ってくると言って列車に乗り込んだ。 To be Continued... 2008.03 / 2010.09 |