I Remember You 04.



 その好意を優しさと言うのか、何というのかリザは知らない。
「大佐には中尉しかいないでしょう」
 扉を開けようとした刹那、執務室からそんな声が聞こえた。
 手を止めて、それに耳を傾ける。
 盗み聞きなど良くないことは分かっていたが、リザは彼らが失う前のことを話そうとしないことは分かっていた。
 言ったのはフュリーだったが、同じようなそれを昨日、ブレダは言って口を噤んだ。
 意図的に話さないようにしている、と言うのは感じていた。
「しかし、当の大佐があれじゃあなぁ」
 とブレダは溜息を吐く。
 リザにはその指示語が理解出来ない。
 話の方に気を取られていて、愛犬の耳がぴくりと動いたことに気が付かなかった。
「―――中尉?」
 声が聞こえたと同時に、ブラックハヤテ号がロイの方へ歩いていく。
 愛犬は上官のことを覚えているようだった。
「お早う」
「……お早うございます」
 リザは平静を装えている自信が無かった。
 背中を嫌な汗が流れる。
「入らないのか?」
 ロイに言われて、リザは扉を開けた。
 あ、と言ったのは真っ先に気付いたファルマンで、ハボックも慌てて煙草の火を消した。ハヤテ号の存在に気付くとフュリーは嬉々と近づく一方、ブレダは思いっきり後ずさった。
「大佐ぁ、紹介状が届いてますよ」
 ハボックは、のんびりした声音でロイのテーブルを差す。
「紹介状?」
 ロイが眉根を寄せて訊ね返すと、上からと返事が返ってきた。
 これが良い紹介状であった試しがない。
 嫌々ながらも封を開けると、案の定だ。
 中央と東の管轄の境に視察へ行けとの指令だ。君の見識を広げる役に立つ、と言う言葉は、押し付けるための言い訳だ。要するに、面倒だから代わりに行って来いとの命令。
 リザが心配だから、中央を離れたくはない―――そんな言い訳が通用する上層部でもあるまい。
「中尉、スケジュールの調整を頼む」
 記憶を失っても、彼女の仕事は早い。
「了解しました」
 リザが少しでも、気が楽になればと思うことにして、ロイは実務をこなすしかなかった。

「―――大丈夫、ですか?」
 駅まで見送りに来たリザが、ロイに訊ねた。
 流石のロイも、苦笑を禁じ得ない。
 ロイ・マスタングの記憶を失ってなおこの言葉―――早く思い出して欲しいと願ってしまう。
 それは勝手なことで、無理をさせてはいけないと分かっていても、その思いは止められない。留まることを知らない。
「辺鄙なところに傷の男もいないだろう。近くにイシュヴァール人のスラムもない」
 確認してくれたのは君だろう、と言うと、それはそうですが、とリザは言葉を濁した。
 本当なら護衛を頼むと言いたいところだが、やはり少し躊躇った。
 中央を離れ、隔離の言葉も等しい辺境地にリザと二人で行って、理性を保っていられる自信がなかった。
「君は、少し休暇を取るといい」
 突然のそれに、リザは驚いたようだった。
「疲れているだろう?」
 その言葉に、ロイは二つの意味を込めた。
 ひとつは、単に、ずっと休暇無しだったという意味だ。一件の前は、ロイが仕事をさぼっていたことも相成って、残業続きでもあった。
「ですが―――」
 反論するリザを制止する。
 はっきりしたところは、以前と変わらない。
「既に申請はしてある。気兼ねする必要はない」
 ロイはそう言って、リザを言いくるめた。そうでないと休みたがろうとしないことくらい、分かっていたからだ。
「―――返事は?」
「…はい」
 リザの返事を聞くと、ロイは行ってくると言って列車に乗り込んだ。


To be Continued...

2008.03 / 2010.09