I Remember You 05.



 きっと、彼の好意を優しさと言う。
 記憶を失ってしまった私に何一つ文句を言わず、愚痴も漏らさず、気遣って送ってくれる。そして自分は僻地へ視察だというのに、疲れているだろうと配慮してくれた。
 本当に、何も思い出せないことがもどかしく、辛い。
 手がかりを探すように、辺りを見回す。だけど、ヒントは何一つなくて途方に暮れる。その繰り返しばかり。
 そんな虚無感と自分へ苛立ちを感じながら、中央の街を歩いているとグレイシアに会った。ヒューズの愛妻だ。
「こんにちは、ホークアイさん。今日はお休み?」
 こんにちはと返し、エリシアにも挨拶をしようと思ったが、早々に隠れられてしまった。
 ええ、とリザは頷いてロイから休みを貰ったのだと説明する。
「そう。中央は大変と訊いているわ。またお暇な時に二人でいらしてね」
 グレイシアはごく自然に笑った。ヒューズが愛した笑顔だろう。
 だが、あの人も喜ぶからと亡き夫を思い出すそれは哀しげだ。でも、それは一瞬だった。
 リザは疑問に思う。何故、プライベートでロイと二人でとなるのか。
 確かに、リザはヒューズを知っているが、内戦の際に、当時士官候補生のリザに声を掛けてくれた縁で知っているだけで、特別深い仲では無い。
 それも、上官と二人だなんて。
 リザは疑問に思い、事情を話して訊ねてみると、グレイシアは、主人とマスタングさんは親友だったと話してくれた。
折角だからと喫茶店に入り、ウェイターが持ってきてくれたお茶の手が止まる。
 話しては貰えないだろうかと思ったからだ。
 そうすれば――――
 だが、グレイシアは静かに頭を振った。
「私から、マスタングさんのことについてお話しすることは出来ないわ」
 どうして、と言う気持ちをぐっと堪える。グレイシアは続けた。
「だって、マスタングさんは、あなたが自然に思い出すことを望んでいる筈だもの」
 リザははっとした。
 自分に気を使っているとか、心配しているとか、それだけではないのだ。
 それが、彼の願い。
「お話しすることは出来ないけれど、何かあれば力になるわ」
 それからリザは涙を堪えるのが精いっぱいだった。

*

 ここに、ひとつの仮定がある。
 それを肯定すれば、彼が人一倍気にしている理由も、ブレダ達が言っている言葉の意味も、グレイシアが話せないと言う理由も、全て説明が付く。
 加えて、背中にある不完全な錬成陣。
 それは父が遺したものだと言う記憶があるが、完成されたものだった。
 壊された錬成陣。恐らくは焼き潰されたのだろうが、残る痕はごく僅か。
 彼は、イシュヴァールでは英雄と呼ばれた焔の錬金術師だと聞いている。
 ヒューズ中佐が自分に声を掛けたのは、彼がきっかけだとしたら。
 彼と内戦の前からの知り合いだったとしたら。
 この背中を潰したのが彼だったとしたら。それを願ったのが自分だったら。
『君は君だろう?』
 それの本当の意味は。それに続く言葉は。
 リザは、涙が止まらなかった。
 今まで、私はどれだけ彼を傷つけてしまったのだろう。

 ロイは、車窓を眺めてひとつ欠伸をした。列車を2回乗り換えてから、かれこれ1時間以上揺られている。国の中央からのアクセスがこの調子では、全く様子が思いやられると言うものだ。
 地位を盾にしていかにも押し付けそうな視察だとロイは思った。
 これが、普段なら、リザが向かいの席に居るので暇を持て余すことも無いのだが、今回、彼女は居ない。連れてこようと思えば可能だったが、ロイは敢えてそれをしなかった。傷の男の出没情報が減ったこともあり、護衛を付ける話は小さくなっていった。だからそれに便乗して何も言わず、ひとりで列車に乗り込んだ。
 いや、とロイは自分のそれを否定して苦笑する。
 リザを連れてこなかったのは、自分の理性を保つ自信がなかったからだ。
 彼女は優秀だから、上官のことを綺麗に忘れたところで、再び護衛の対象と理解すれば、それをこなすだろう。
 だが、それを、リザをただの部下とみなし続ける自信が無い。
 思い出してくれと、強引に迫りかねない。
 その感情を押さえてこられたのは、司令部だったからだ。
 記憶喪失が発覚したときの映像が蘇るからだ。
 サボらないで仕事をして下さいとツケツケ言われたことを思い出す。
 ほんの1週間前までは当たり前だった筈なのに、今は遠い昔のようですらある。
 失って初めて、彼女の存在の大きさに気付かされた。
「――――馬鹿だな、私は」
 ロイは自分を嘲笑った。


To be Continued...

2008.03 / 2010.09