Underworld snipers



 中央の市街地の外れにある古びた建物の2階からは、ラジオが聞こえていた。
 男はそれを聞きながら新聞に目を通し、やがて無造作にテーブルに置いた。
「やだ、また?最近 中央も物騒ね」
 その新聞を手に取ったのは、金髪の女性だった。濡れたブロンドの髪は、入浴直後を連想させる。
 否、事実そうなのだろう。仕事の関係上、生活リズムは自然と夜型になる。
 彼女が取った新聞の一面と同じ内容をラジオが報じていた。
 『連続窃盗事件』―――その犯行第1回が行われてから久しいが、未だに警察は犯人を逮捕できていない。それだけならまだしも、犯人はわざわざ標的を予告しているのだ。治安自体が必ずしも良いとは言えない中央だが、予告があるにも関わらず、対応できていないのでは、警察の面目が立たない。
「―――全く、警察は何をやっている」
 一般市民がこのように口を揃えるのだ。さぞかし警察も地団駄を踏んでいることだろう。
 最も、彼は「一般」市民と言える人間ではないが。
「珈琲でいい?」
「あぁ、頼む」
 男は女のそれに答えると、ラジオで流れる事件の一連を紙に書きだした。
 目的となった物、金銭的価値、所有者――等など、一般に流れている情報だけでも大よその犯人像は掴めてくるものだ。
 彼からすれば、警察の落ち度は何となく分かっていた。
 と言っても、指摘されたところで聞き耳を立てないのが警察であるし、このまま事件が続いても困ることは無いので放っておく。一種の推理ゲームのようなものだ。
 あっさりと答えが導き出せて詰まらない――そんなことを思う間もなく、女が珈琲を入れてくれて、有り難く手を付ける。
「産地を当てようか、リザ」
 一口啜って、昨日と種類が変わったことを知った男は、女に話を持ちかける。
「東の外れの―――」
 続きは、電話の呼び出し音に遮られた。
 カップを受け皿に戻して、受話器を取る。
「どうした」
 電話の先は、階下の受付だ。プライベート用に別の線があるが、滅多に鳴ることはない。
『隊長、来客です』
 内線相手は、簡潔に告げた。
 来客と言えば、依頼人に他ならない。
「用件は?」
『善良な市民として、連続窃盗事件の解決に協力して欲しいと―――』
 物は言いよう、とはまさにこのことだ。
 自分たちを毛嫌いしている警察が、そのような要請をしてくるとは、余程手を焼いていると見える。
「ほう。善良な市民、ね」
 苦笑と失笑を交えたそれで男は言うと、カップに手を伸ばした。
「通せと言いたいところだが、とっくにお帰りだろう?」
 尊敬の接頭語を使っている割に、敬意はゼロだ。
 流石のそれに、内線相手は堪え切れずに噴き出した。
「はっは、良く分かりましたね、隊長」
「固定観念しか持たない人間の行動は短絡だ」
 そして、届け物を持ってくるように言いつけて電話を切った。
「新しいクライアント?」
 訊ねなくとも、彼女ならばやりとりで分かっているだろう。
 男は苦笑して肩を竦めた。
「あぁ、厄介な、な」


 間もなくハボックが持ってきた文書は、至極薄っぺらなものだった。
「今回のターゲットは、ティム・マルコー画の【結晶】。予告は5日後の午前3時。―――これで一体どう協力しろと言うんだ?」
 これ以外にある情報と言えば、美術館の見取り図だけだ。これでは、メディアのそれと大して変わらない。
「さあ?捕らえた際の報酬は弾むって言ってましたよ?」
「当然だ。さぞや警察は、警備に自信があるんだろうな」
 ロイは読み上げた紙をリザに渡した。
「警備の数は前回の3割増しだそうですよ」
 ラジオで言ってました、とハボックは言った。
「人数の問題じゃないだろう。疑うところが間違っている」
 ロイはそう断言すると、どう思う?とリザに見解を求めた。
「経路の分析と警備体制を把握する必要があるかと」
 優秀な部下を持っていると、本当に助かる。
「と言うことだ。それから、警察関係者を徹底的に洗え」
「警察関係者ッスか?」
 ハボックの顔が微妙な表情になった。
「初期から携わっている人間だけでいい」
 ロイは、珈琲を飲み干した。
「それは、警備兵も含めるということで?」
 げんなりと言う言葉が顔に書いてあるようだ。
 要するに、面倒臭いのだ。
 当然、とロイが答えると、ハボックは文書を持ってきたことを後悔した。ブレダにでも任せればよかったと思ってももう遅い。
「―――いつもよりやる気ね?」
 階下に降りていくハボックの足音を聞きながら、リザはロイに言った。
「君もな、エリザベス」

*

 百聞は一見に如かず、と言うことで、美術館まで来てみたものの、予想通りと言うべきか、入口の手前でシャットアウトされた。
 犯行予告が出ているからだろう。警察が既に警備を始めていて、KEEP OUTと書かれた黄色いロープが掛けられていた。
 協力するのだから中を見せろ、と言いたいところだが、見たからに部外者の人間を通しはしないだろう。見た目だけでは、群がる一般人と見分けはつかない。
 警備兵はアトスのことを聞いていないだろうし、仮に上層部に話を通したところで、首を縦に振りはしない。
 言っていることとやっていることが違うのは警察の常套手段だ。
 大して期待はせず、怪しまれないようぐるりと敷地内を観察し、引き返そうとリザに言ったところで、声を掛けられた。
「君たちが噂の?」
 アトスと言う組織名を出さなかったのは、一応そちら側も気を使っているのかもしれない。最も、そのような輩を泳がせて良いのかと矛先が向くのを恐れている可能性もあるが。
「――ロイ・マスタングと申します」
「エリザベスです」
 相手は気に食わないと顔に書いてあるようですらあったが、その丁寧な言葉に少しは満足したようだった。
「視察かね?」
 上から目線のそれが癪に障らなかったと言えば嘘だが、争いごとを起こすべきではないので、大人しく答えた。
「実際に見た方が早いと思いまして」
 それに相手は―――そういえば、自らは名も名乗りはしない―――ほう、と興味を示して、更なる皮肉を言った。
「予告は5日後だが分かっているかね?私も、上の命令で仕方なく君たちに依頼したのだが、頼んだからには捕まえてもらわなくては困るのだよ」
 仕方なく、を強調して言うと、嘲笑うような笑みを見せた。
 まるで、力を借りなくとも、捕らえられると言いたげだ。
「はっ――出来る限りのことをさせていただきます」
 ロイとリザが頭を下げると、まぁせいぜい頑張りたまえと手を振って、去って行った。
 全く、あれが指揮官だと聞くと捕らえられない理由が分かるというものだ。
「厭味っスか、あれは」
 声の主は振り返らなくとも、煙草の香りで分かる。
「――いたのか」
 ロイが不機嫌なのは否めない。ハボックは一部始終を見ていたようで、苦笑していた。
「関係者を洗い浚い調べろと言ったのはアンタでしょうが」
「そうだったな。―――で、どうだ?不審な奴は見当たらないか」
 歩きながら訊ねると、見当たるもどうもとハボックは言った。
「気付かないのがバカみたいな位置に、該当者が数人」
 そんなことだろうと思った、とロイは溜息を落とした。だから、警備の薄さを疑うのではなく、体制を疑うべきだと言ったのだ。
「そいつらの当日の行動を把握しておけ。ブレダとファルマンにも連絡を入れて、それから―――」
 続きを言いかけて、いや、とロイは自らそれを打ち消した。
「これは私がやろう。何かあったら私に連絡しろ―――行くぞ、エリザベス」
 周囲に警備ばかりが居るせいか、ロイは早々に歩いて行った。
 警察も彼を嫌っているようだが、彼もまた警察を嫌っているらしい。
 全く人遣いの荒い、と言わんばかりのハボックに、リザはロイを追う際、労いの言葉を掛けた。
「頼むわね、ジャン」
 ハボックは美人の女性に弱い。
「了解っス」
 リザがロイを追うのを敬礼して見送った。

*

 ロイは、事務所に戻ってくると、通信室の扉を叩いた。
 まさか、入口から一番近いこの部屋で盗聴が行われているとは思うまい。
「本部2階の第3会議室だ。もうひとつは、303の執務室に繋げ」
 警察本部を中心に盗聴していたフュリーにそう指示して、自らもイヤホンを耳に当てる。
 公共ラジオから警察、政府官邸まであちこちに盗聴器が仕掛けてあるのだ。おんぼろ機械が無造作に置かれているように見えるが、全て実用に供する物ばかりだ。
 フュリーがチューナーを弄ると、直ぐに指示した盗聴は部屋へと切り替わった。
 傍に立っていたリザに、美術館の見取り図を持ってくるよう手で合図する。
 暫くしてリザが戻ってくると、それを広げて更に耳を傾けた。
 やがて、これ以上の必要はないと判断したロイは、イヤホンをフュリーに返して席を立った。向かうは、階上の執務室だ。
 リザは、その顔に笑みが浮かんでいることに気が付いた。
 得意そうな、全てが手中に収まったようなそれ。
「ロイさん?」
 声を掛けるとやはりそうだった。
「5日後―――犯人はチェックメイトだ」
 彼は笑っていた。

*

 予告当日。アトス一行は中央美術館にいた。
 この日ばかりは、中に入れて貰い、行動に一切口出ししないよう条件を付けた。リザ以外の部下を各所に配置し、想定ルートと異なる場合は連絡するよう指示を出す。
 ロイとリザは、逃走ルートの出口付近を張った。
 警察側は、中庭と絵画周辺に重きを置いているので、館内の警備は薄い。
 彼らが推測したところには、彼ら以外居なかった。
「5分前か…そろそろだな」
 懐中時計を仕舞うと、ロイは目を閉じた。
 真夜中だが、美術館内は明かりが付いているので日中と変わらない。
 未だに犯人像がはっきりとしていないのは、電源が落とされた間に逃走されるからだ。
 過去全て同じ手口であることから、今回も同じ手でくるだろうと結論付けた。
 丁度、午前3時になったところで、ふっと明かりが消える。
 目の裏からそれは分かったし、何より先日厭味を言った指揮官が、非常電源に切り替えろと叫んでいる。この混乱こそが、犯人の狙いだということにいつになれば気が付くのだろうと思う。
 明かりがつくまでにやはり犯人は逃走したらしい。更にはスモークでも撒かれたようで、警備は混乱しているようだった。
 ファルマンから想定ルートだと連絡が入ったところで、二人は目を開けた。
 弾丸を装填し、犯人を待ち構える。
「来るぞ」
 彼らは銃を構えた。
 そして犯人が現れ、扉に手を掛けようとした瞬間、彼らは銃口を頭に突きつけた。
「ここから逃げられると思って?」
「安心しろ。大人しく捕まれば、命だけは保証してやる」
 目が既に暗闇に慣れているだけあって、銃口は十分に見える距離だ。狙いを外すことは無い。
 銃口を突き付けられてもなお、犯人は大人しく捕まるつもりもないらしい。何か突破策を考えているようですらあった。
「―――知っていたのか」
 男が、彼らに問う。逃走ルートと犯人の目星――それは、暗黙の主語だ。
「いつまでもバレないと思ったか?情報網を侮るな」
 男もまた、理解しているようだった。
 彼らが、数日前に現場に来ていたことを。
「5日前から目を付けられていたわけか」
 乾いた声で笑った。諦めを示しているようですらあった。
 だが、警察が騒いでいる中、彼らはそれとは違う足音を聞き逃さなかった。
 やはり、仲間が居たらしい。
 ロイとリザは目を一瞬だけ合わせると、互いの行動を了解した。
「もう一人は私が仕留める。手加減するなよ、エリザベス」
 こちらが優勢とは言え、油断すれば状況が一転しかねないにも関わらず、彼は得意そうに笑って言った。
「あなたもね、ロイさん」
 利き手で最終調整をする傍ら、リザは左手でもう一つの銃を探った。





 翌日、欠伸をしながら、ロイは新聞を捲っていた。
 一面には連続窃盗犯の逮捕という記事、ラジオも第一報でそれを伝えていた。
 眠気覚ましに珈琲を流し込む。だが、流石に昨日は疲れたらしく、睡魔は去ってくれそうになかった。
 新聞を閉じて、ラジオに耳を傾ける。そこでは、かの担当指揮官が今回の警備は完璧だったと得意そうに言っていた。
 自らが捕らえたわけではなかろうに、大した演説だ。
「―――こういう輩ばかりだから、治安が悪化するんだろう。なあ、リザ?」
 やはり眠そうな彼女に同意を求める。
「そうね。あの調子なら今回も逃げられているわよ?」
警察は、内部に共犯者がいたことを発表していない。隠蔽工作だ。
「百回されても同じだろうな」
 ロイはうんざりと溜息を吐く。その間にも、リザがカップに珈琲を注いでくれた。
「今日も当てようか、リザ?」
 事件の解決に彼らが一翼担っていたことは公表されない。警備がどれだけ無能であれ、功績は彼らのものだ。
「東の外れ、リゼンブール産だ」
 こうして今日も彼らは、暗黒街の裏で動いているのだった――

END

2011.08加筆修正