銃声が何発も響いている。
心臓、頭部、首筋―――銃弾は確実に人間の急所を射ていた。
人型の的でなければ、一発目で致命傷だろう。
「リザちゃん、やるねぇ」
的の先を双眼鏡で眺めた男は、感心してリザに声を掛ける。
「まだまだですよ」
また一発、これも急所だ。
神経を集中していたからか、はたまた相手の力量か、その両方か、リザはヒューズ以外の存在に気がつかなかった。
「―――ほう、これは名のある狙撃手とお見受けする」
知らぬ声が頭上から降りかかって、リザは銃を下ろした。
「まさか。しがない一般市民ですよ」
*
「……ヒューズ、その話は50回くらい聞いた」
人差し指で机を叩き、ロイは苛々を包み隠さず言葉に乗せた。
「だ・か・ら!もうすぐうちの娘が3歳になるんだよ!」
全く止める気は無いらしい。信頼できる仲間であることは認めるが、流石に毎日のように聞かされていては、電話を切りたくもなった。
「―――ヒューズ」
切るぞ、と言う言葉が続きそうだ。
「あ?そういえば、言い忘れていたが――」
「?」
ロイが疑問を抱いた瞬間、執務室の扉がノックされた。
「今日、氷の女王が来てな」
リザをスカウトしていた、と言う彼の言葉はロイには届いていなかったのだった。
「これは、少将閣下。事前にご連絡いただければ、花束でも用意しましたのに」
ロイのそれを、女―――オリヴィエは、そんな挨拶はいらん!と一蹴した。
促されるのか早いか否か、ソファに腰を下ろす。
「リザ、閣下に紅茶を」
「はい」
ロイの指示を受け、リザは給湯室へと向かった。
そんな彼女をオリヴィエは、一瞥して見送った。
「優秀だな」
リザのことだろうと容易に察しが付く。
氷の女王は、ロイを褒めたりはしないからだ。
「そうですか?」
彼女がそのようなことを言うのは、認めた証拠だ。
「貴様の部下にしておくのが惜しい」
オリヴィエが言うと、全く冗談に聞こえない。
「射撃場で見ていらっしゃったのですか」
親友の電話とリザと一緒に現れたこと―――それだけで情報は十分だ。
「実に優秀だとバッカニアに聞いた」
彼女は要点しか話さない。回りくどいことは嫌いだ。
「そうですか。――それで、本日のご用件は?まさか閣下であろうお方が、お茶を飲みに寄った訳ではありますまい」
ロイが言えば、当然と言わんばかりに、オリヴィエは笑って見せた。
「閃光弾、手榴弾、催涙弾…この辺りは兎も角、随分と物騒な物品が多いですね」
リストに一通り目を通すと、ロイは顔を上げた。
「しかも、相当な量と見える」
とは口にしているものの、ロイは然して驚いていなかった。
以前より、少し多い――その程度の認識だった。
「最近はまた物騒だからな」
「そのようですね」
顎に手を当て、ロイは思考を巡らせた。
先ほど、ラジオでは北の治安が悪化の一途を辿っていることを伝えていた。
リザはお茶を持ってきて、二人の前に置く。依頼人の中には、素性を隠したい人間も少なくない。だから、一礼して下がろうとしたが、オリヴィエに呼びとめられた。
ロイに視線で指示を仰げば、彼は肩を竦めて見せた。了承のサインだ。
リザはロイの隣に着席することにした。
「こちらは、オリヴィエ・ミラ・アームストロング―――北で美術商をされている」
それが表向きの顔だろう、と言うことは直ぐに分かった。以前からロイとは知り合いのようであるし、先の話を聞く限り、とても全うな商人には見えない。
「エリザベスです」
差し出された手を握り返す。誰にでも暗い部分はあることなので、聞くべきではないだろう。
その証拠に、リザも仕事の顔だ。
「――と言うのが表向きで、裏では武器関連を扱っている」
関連とは良く言ったものだ。禁止されているが、需要があるのも事実――そんな商売だと言うことだ。
つまりは、国が個人に私設軍隊を作らせないよう禁止しているのだ。
リザも、過去の経験からそれを知っていたので、何も言わなかった。
ただ、危険が伴うだけに莫大な利益も生まれるため、わざわざロイに頼みにくることに関しては疑問に思った。
札束を積めば、大抵の者は首を縦に振ってくれる。数多く雇える筈だ。
「―――それで、引き受けてくれるか?」
言葉自体は選択の余地がある割に、その声音は了承以外を認めないようですらある。
「お引き受けしましょう。しかし、これだけの量は少々骨が折れる」
仰々しく溜息をついて、ロイは続けた。
「増援を呼びたいのですが?」
互いに笑っているところをみると、信頼できる手の内なのかもしれない。
「いいだろう。但し、失敗は許さん。…そうだな、その時は」
オリヴィエは、笑みを深くした。
「腕のある狙撃手を貰い受けよう」
ついさっき、彼女にそう言われたリザが、誰を指すか気付かない筈は無かった。
*
「―――そうか、御苦労。ところで今どこに居る?」
机に腰掛けると言う、行儀が良いとは言えない格好で、ロイは電話の相手に問うた。
相手は、あからさまに不機嫌になった。
『また、面倒な仕事を押し付けるんじゃないだろうな』
事実、先日の窃盗犯の闇ルートを調べさせられたのだ。無理もないだろう。
ロイは、不敵に笑った。
「たまには、バカンスでも行ったらどうだね?」
『はぁ?』
突拍子もないそれに、相手は何を言いたいのか分かりかねているようだった。
ますます嫌疑が強くなっていた。
「鋼の。少しは私を信じたまえよ」
仰々しく溜息を吐けば、負けじと皮肉が返ってきた。
『なら、少しは人望の厚い人間になることだな』
エドワードの言葉を借りれば、ロイは人望が無いと言うことなのだが―――強ち間違ってはいない。
最も、今は裏社会の人間としての人望はあるが。
「中央に居るんだろう?たまには顔を見せたまえ―――旅の話も聞きたい」
居場所を言い当てられ、エドワードは言葉に詰まった。
何で分かるんだよ……、と呟いたのもロイに聞こえていた。
「私の情報網を舐めるな。どの辺りにいるかの目星もついている」
移動式盗聴器でも仕掛けられている気分である。
エドワードは長く諦めの溜息を吐いて、寄るだけだからな!と言い残して電話を切った。
「エドワード君?」
リザはロイの紅茶を入れ直しながら訊ねた。相手の声は聞こえていなかったが、彼の声音で推測できる。仕事以外の顔を見せるのは、彼か、ヒューズくらいしかいるまい。
「あぁ。先日の件はこれで終わりだ」
書類を封筒に入れ、机の隅へ追いやる。全く、警察と言うのは一度手を貸したらつけ上がるもので、事件の一端だからと、犯人逮捕以外にも様々な仕事を押し付けてきた。警察としては、アトスのもつルートを探ろうとさえしているのだろうが、これしきのことで漏れる情報管理などしていない。ちょうど市場の周辺にエドワードが居たので押し付けておいた。関わるまでもなかった。
リザもそれが何かを分かっていたようで、訊ねることもなく封筒を手に取った。ポストに投函して犬猿者の共同戦線もおさらばと言う訳だ。
「エドワード君達、来るんですか?」
ロイはあぁ、と紅茶を啜りながら答えた。
「楽しそうね?」
新聞を手に取ったロイは、扉へ向かうリザへと目を向ける。
「―――そうか?」
少し意外だったようだ。えぇ、とリザは頷く。
「久しぶりだからな。それに、生の情報は貴重品だ」
またまた、とリザは思う。会ったら会ったでいがみ合いなのだが、それを楽しんでいるようにさえリザには見えるのだ。
「あぁ、リザ」
もう一度紅茶を啜って、呼び止める。
「その封筒は、着払いだ」
割とこういうところは子どものようだと思う。了解の意を伝えて、リザは執務室を出た。
*
「なーんか、怪しいんだよなぁ」
怪訝な顔で外の景色を眺めながら言ったのはエドワードだ。
「怪しいって何が?」
訊ね返したのはウィンリィ・ロックベル。エドワードの幼馴染で、技士装具士だ。
彼女の隣に座るアルフォンスも、同意見だと言わんばかりの顔をしている。
「切符だよ、切符!大体、あの口からバカンスって言葉が出てきた時点で、何かあるって言っているようなもんだ」
割と酷い言い様である。
「良心でくれた訳じゃないってこと?」
「当ったり前だ!野郎、絶対何か企んで――」
忌々しく吐き出されたその言葉は、話題渦中の人間に遮られた。
「良心だと言うのに心外だな」
エドワードはあからさまに嫌そうな顔をした。
「マスタングさん」
「こんにちは、ロックベル嬢。また綺麗になったかい?」
エドワードが絶対に言わないような台詞である。
この類は挨拶であると分かっているので、エドワードは早々に本題を振った。
「―――で、何の用だ?」
「君たちを見送りに来た、とは思わないのかい?」
列車はまだ駅のホームだ。考えられなくはない選択肢だが、エドワードはそう思わなかったらしい。
「生憎、そんな関係じゃないんでね」
エドワードの答えに、ロイは口の端を上げて笑って見せた。その通りの答えだからだ。
仕事なんだ、と言えば、エドワードはまた顔を顰めた。
自分とリザの切符だったと言って、ロイはエドワードの隣に座った。
「俺たちは3人だけどな」
「自由席なら一人分くらいどうとでもなる」
それにエドワードは納得しないまま、窓の外を見た。
「仕事って、今回はどういった?」
内密なことなら良いんですけど、とアルフォンスは慌てて頭を振る。彼らは、彼らの仕事が裏のそれだと知っているから、公共の場所だと言うことを考えたのだろう。
先日の連続窃盗犯の件のように、極秘と言うことも十分に考えられる。
「ひとことで言えば、護衛だな」
「まさか」
エドワードは、嫌な予感がして振り向く。ロイは苦笑して頭を振った。
「君たちに仕事をして貰う訳じゃない。少し事情が複雑なものでね」
ロイがそう話始めたところで、群青色の服を着た大群が現れた。ぞろぞろと歩くそれは、まるで誰かを護送しているようですらある。
「あれは?」
「―――政府高官だ。この列車の一等席に乗車することになっている」
彼の言葉通り、列車の先頭部分に向かって進んでいく。彼らがいる二等席とは違い、一等席は個室だ。迂闊に近づけないようになっており、つまりは富裕層向けに設けられた席なのだ。当然、彼らのような一般市民が乗るような席では無い。
この列車には、二等席の後ろに貨物車両がある。
「北の情勢が不安定になっているのになんでまた…」
国の中心なだけに格差があり物騒と言われている中央だが、最近は、北もテロや凶悪事件が多発している。治安の悪い北にわざわざ赴くなど、妙な話だ。
「こうなると増えるものがあるだろう?例えば」
ロイの言葉の続きは、ウィンリィが受けついだ。
「闇取引。その摘発のために北へ、ということですか?」
「北の警察は黙認しているからな」
ロイは頷いて、そう言うと溜息を吐いた。
「でもその類は警察の仕事でしょう?」
政府高官の人間を裏社会の人間が護衛など聞いたことが無い。警察に追われる身と言っても間違いではない彼が、その仕事を請け負うとは思えない。寧ろ消えてくれた方がやりやすいとでも言いそうだとアルフォンスが思っていると、ロイは同じことを言った。
「だが、貨物に知り合いの荷物があってね」
「知り合い?」
エドワードが口を挟む。
「アームストロング少将だ」
それを聞いて、エドワードは顔色を変えた。彼女が裏で何を扱っているか――何故、軍人でもないのに軍事階級で呼ばれているかを知っているのだ。
彼女が扱うのは武器関連。つまり。
ロイは微苦笑して、エドワードを見た。
「教えたからには手伝えってか?」
どのみち無関係ではいられないということだ。
「言っただろう。今のところ君たちにしてもらう仕事は無い」
これには、アルフォンスとウィンリィも意外だったようだ。
そんな3人をよそに、ロイは立ち上がった。
「精々列車の旅を楽しみたまえ」
そう言い残して去って行った。
「兄さん、どう思う?」
ロイの背中を視線で追いながら、アルフォンスは兄に訊ねる。
「どうもこうも」
エドワードは、隠されたそれに溜息を吐いた。
「アルも知ってるだろ?貨物の中身は――」
続きは、このような場で話さない方がいい。テロ組織の誰かが乗り込んでいないとも限らない。
否、ロイはそう考えているからこそ、エドワード達をこの列車に乗せたのだろう。
「うん」
「どういうこと?」
ウィンリィの問いに、エドワードは新聞を畳みながら答えた。
「列車内を見張れってことさ」
「万一、爆発なんかしちゃったら大変だからね」
荷物の被害だけでは済まない。
アルフォンスはぼそっとウィンリィに耳打ちした。
「ま、何事もなければいいんだけどな」
エドワードはごろりと椅子に寝っ転がる。それが出来るのも、彼が小さ…小柄だからだ。
彼は暫く眠るつもりだったが、それも僅かな時間で妨害されることになる。
*
「――――で、こいつら誰?」
蹴り飛ばし殴り飛ばし、最終的には相手の胸倉まで掴んだ状態で、エドワードはアルフォンスに訊ねた。
あぁ、とアルフォンスとウィンリィは頭を押さえて溜息を吐かざるを得ない。
つまりは、チビと言う言葉だけに反応して今に至る訳だ。
胸倉を掴まれた男の周りには、良く似た格好のごろつきが伸びている。
乗客に突きつけられていた銃は、あちこち床に散らばっていた。
「テロリスト?」
とアルフォンスが答えると、だよな、とエドワードも同意した。どうやら列車ジャックを企んでいたらしい。
そんな会話を交わしている間にも、一人の男が銃を手繰り寄せようとしたので、銃を蹴り飛ばした。
ロープでぐるぐる巻きにして、床に座らせる。ロイが乗っているので少し気が引けるが、駅に着いたら警察に引き渡すのが良いだろう。
伸びていない唯一の男に、配備状況をあらいざらい吐かせた。
「あとは?」
言葉と同時に見せた拳に、男は怯えた。
「そんだけだ!それ以外に仲間はいない!」
エドワードは、弟に視線を向ける。
「どうする?」
どうするも何も、彼らの選択肢は既に決まっていた。
「捕まえた方がいいんじゃない?」
というか、放っておけば連絡が取れないのを不審に思って仲間が来たら危険だ。
「―――って訳だ」
視線を向けられたのはウィンリィだ。分かった、と彼女は素直に頷いた。
止めろと言っても止めないのが彼ら兄弟だ。兄弟同然に育ったと言っても過言ではないので、いい加減慣れた。
黙っておいた方が良かったのではないかと言う声も上がったが、後戻りは出来ない上に、彼らの職業を聞いたら、誰もが何も言わなくなった。
*
二等席から引き返し、ロイは歩きながらリザと車内状況を報告し合った。彼らは分かれて車内を視察していたのだ。ロイがエドワード達のところに行ったのも、顔を見に行った訳ではなく、その一環だったのだ。貨物車両は出立前にチェック済みなのでそれを除いて分担していた。
「あそこはどうだ?」
ロイが口にするのも忌々しい、政府高官のことだ。リザは唐突な指示語を気にもかけずに答えた。
「ひとりの護衛にしては多すぎるんじゃないかしら?」
相手の事情は分からないけれど、とリザは付け加える。それに関してはロイも同感だ。
と言うか、理解などしたくもない。
本来なら、同じ列車に乗ることさえ願い下げだが、事情が事情なので仕方がない。その辺りの分別は出来る。北の情勢が情勢なので、対角の位置の個室だ。
「警察はさぞかし暇なんだろうな」
リザのそれに皮肉な感想を述べたところで、ロイはふと足を止めた。怪訝な顔をするロイをリザは不審に思う。
「ロイさん?どうかした?」
列車の進行方向とは別――つまりは、二等席をロイは振り返った。
ロイはしばし考えていたようだが、いや、と小さく頭を振った。
しかし、再び歩き出そうとしたとき、彼は顔色を変えた。
「―――隠れろ」
リザに有無を言わせず、壁際まで追いやると近くにあった取っ手を引いた。何やら片づけ箱状態のそこに、共々入って扉を閉めた。
動揺や混乱などはしていないものの(この辺りは場馴れしている)、状況把握の出来ていないリザは、ロイに訊ねたい体だったが、彼が人差し指で彼女の唇を押さえていたので叶わなかった。
だが、間もなく聞こえた乗客のものではない足音でリザは大よそを理解した。
「―――青の団だ」
ロイは通り過ぎる蛮族を空気溝から覗き見た。
「武装組織の?でも確か――」
テロリストの列車ジャックと言うのに、慌てた声音と無縁なのは、彼女たちの職業柄だろう。いわゆる『善良な市民』ではない彼らは、自称正義の警察からすると同じ存在なのかもしれない。
「あぁ。首領は捕まったと聞いているが―――残党か」
逃げ残ったメンバーが、首領解放の要求のために人質を取るとは、ありきたりな話だ。
「主目的は政府高官?」
「だろうな。利用価値だけは高い」
そんなことを激狭の物入れの中で話しているうちに、銃声が聞こえた。
「戻らない方がいいな」
聞こえる悲鳴に息も掛かるような近さ。にも関わらず、ふたりは至極冷静だった。
「そうね」
悲鳴は恐らく、高官の警備の者だろう。聞こえた銃声は、決してテロリストだけではないだろうが、判断するに彼らは簡単に屈したようだ。一等席に向かった何人かは二等席の方へ引き返していった。
「取引は1200―――さて、どうするか」
ロイが思考を巡らせる一方、リザは空気溝から外を覗き込んでいる。下部ではなく、上部に付いていたのが幸いだった。外の状況の把握が楽だ。
「12,3人ってところかしら」
テロリストの数のことだ。車両数と通った人数が分かれば、大体の推測は出来る。
「許容範囲内だな。手持ちはどれくらいだ?」
警察に手を貸すようなそれは気に障るが、取引に支障が出るのは困る。運転室は既に占拠されているだろうから(テロリストが余程間抜けでない限り)、取引駅を通過されては困る。どうせ、政府が要求を呑むまでは列車を止めないつもりだろう。ブリッグズ到着までが青の団が設けた制限時間と言う訳だ。
「短銃が2丁ね。弾は持ってるけど、主な装備はコートの中よ」
コートは、一等席に置いてきた。警戒はしていたが、まさか早々に列車ジャックに遭うなど想定していなかった。
「十分だ。私も1丁持っている。まずは、運転室を奪還して…」
続きの言葉は、外部からの叫び声に遮られた。先とは別方向の二等席からだ。
テロリストが乗客に加害したかと思ったが、聞こえるのは男のそれだけで女性のものは確認できない。真っ先に声を上げるのは後者だから不自然だ。
「「…………。」」
ロイとリザは顔を見合わせた。
踏み込もうと扉を開けるのを見送った。
「もう、兄さんはもう少し牛乳飲んだほうがいいよ」
「だぁれが小さいって?」
その声に覚えがあった。
「エドワード君とアルフォンス君?」
リザがロイに訊ねると、そのようだなと頷いた。
「もしかして、さっきの悲鳴は――」
その続きは言わなくても想像できる。
さっきの牛乳でさえ小柄なことに結び付いたのだ。
テロリストがエドワードの地雷を踏んだのは目に見える話である。
「さてと。ここから先は一等席だ。二手に分かれたほうがいいんじゃないか?」
「そうだね。運転室を奪還してそれから」
「拳固でボコる。そんなところだな」
強硬手段の兄に、弟は苦笑した。
「また兄さんは…」
「交渉が出来たら苦労しないだろ」
人質とってんだぜ、と言われればアルフォンスも黙るしかない。
それから兄弟は、軽く打ち合わせをして別れた。天井から何か音がしたから、どちらかが屋根に登ったのだろう。一等車両を通らずして運転室に行く唯一の手段だ。
「どうする?」
「もう少し様子を見よう。あとで警察の聴取を受けたくはないからな」
テロリストを捕まえれば、その時の情報を根掘り葉掘り追及される。面倒なことを他人がやってくれるというのなら、任せておけばいい。
必要あらば手助けくらいは、とリザは思っていたのだが、どうやらその必要はなかったらしかった。
*
ひと騒動終わったところで、兄弟が再び通りかかったので、ロイは扉を叩いてエドワードを引き留めた。姿を認めるなり、訝しげな顔つきになった。
「―――おい、まさか…」
二人が収まるにはどうにも狭い空間である。自分たちが通った時には何もなかったのだから―――そう考えると、思考がそっちのほうに傾くのは仕方がないだろう。
「話せば長い」
とあっさりと言ってのける。リザも涼しい顔をしているのだから、信じるべきだろうか。
ご苦労だったな、とロイが言うと、エドワードは別の意味で嫌な顔をした。
「やっぱり知ってやがったのか」
「確証はなかった。それに青の団は、首領は既に逮捕されている」
事実を述べれば、ちっとは手伝いやがれ!!と言う言葉が飛んできた。
「警察への協力は善良な市民の義務だろう、鋼の」
「隊長だって一般市民だろ!!」
とエドワードは言う。確かに間違ってはいないが、正解でもない。
「私は、『善良』な市民では無いのでね。義理もなければ義務も無い」
つまりはそういうことで、少なからず事情を知っているエドワードは言葉に詰まった。
「ロイさん」
彼らのやりとりは今に始まったことではなく、特に口も出さずに見守っていたリザだが、気配に気が付いて、小さく囁いた。
右手は腰の銃へと伸びる。
そして次の瞬間には、銃は扉の方へ放たれていた。
流石のエドワードとアルフォンスもそれには固まった。
半開きだった扉の向こうに、テロリストを放置してあるからだ。
突然の銃弾に、殆どの人間は腰を抜かして反撃どころではなくなってしまった。
「敢えて外したが、今度は一度で致命傷だ」
だが、挑発するようなロイの言葉は、確実に相手を刺激したようだった。
「きっさまぁぁぁ!!」
と仕込みナイフで扉を破り切りかかってくるのは、先ほどエドワード達が捕まえたテロリストのリーダーだ。
リザは彼の言葉通り、急所に銃を撃ち込もうとしていたが、その前にばちっと化学反応の音がして、相手を黒焦げにした。
その一瞬の出来事に、兄弟は唖然とするしかなかった。
「見た目ほど害は無い。消し炭になりたくなければ、私の顔を覚えておきたまえ」
テロリストにそう言い残すと、行くぞリザ、と彼女に声を掛けて一等車両へ戻って行った。
*
「ご苦労。向こうからも連絡があった」
リザがオリヴィエのところを訪れると、オリヴィエは別の商談中のようだった。もう成立していたのか、ひとことふたこと話したところで電話を切った。
今日リザが訪問した理由も分かっているらしい。ロイから預かった封筒を渡して、よろしく言っていたと伝える。
「列車ジャックで、全員に銃をかすらせたと言うのは君か?」
彼女の言うとおり故意に外したのだが、なぜそれを知っているのか。
「よく御存じですね」
リザの真意も含めてそういうと、テロリストが揃ってびびっていたことを聞けば想像がつくと彼女は言った。
リザは兎も角、ロイの存在は裏社会ではそれなりに知られている。焔の錬金術師―――若くして名を馳せる彼をそう言って恐れる人間は多い。
加えて、オリヴィエは、先日リザの腕前を見ている。そちらは言わずもがな、ということだろうか。
「なぜ君ほどの狙撃手がマスタングの下にいる?」
弱肉強食の世界は、力があれば階段を上ることは容易い。
その力は十分にあるというのに、よりによって一匹狼だった彼の下にいるのか。
奴の考えなど知りたくもないが、とオリヴィエは思いながらも考える。
「どうしてでしょう?」
にこりと彼女が浮かべた笑みで全てを悟る。
これ以上は聞くな、と言うことだ。光が強ければ強いほど、闇も濃い。腕前を持つだけに、何かあるのかもしれない。
「―――――」
それを無理に追及するほどオリヴィエは馬鹿ではない。
「どのような理由にせよ、嫌になったときはいつでも歓迎する」
言えば、リザは先とは別の笑みを見せた。
「買い被りすぎでは?」
「私は自分の目で判断している。そして言葉に二言はない」
「光栄ですね。考えておきます」
機会があればまた、と言ってリザは退室した。別れの言葉は、相手に限らず交わす言葉だ。
彼らの仕事は、これからも続く。
END