■ようこそ、逃げることの許されない世界へ(F.A-R*R)

本音を言えば、こんな場所に来て欲しくなかった。
手を血に染める世界に。それが合法的に許され、時には強制されるこの場所に。
ああ、彼女にはひとなみの幸せを生きて欲しかったのに。

だが、今更そんなことを言っても遅い。
時計の針は、進むことはあっても戻ることは無いのだから。

*

 袖を通すと決めたその服は紺青色だった。
 ソルジャーブルーとも言われるそれは、何にも染まることのない黒とは違う。雨にさえ色を変え、浴びる血も鮮明に映し出す。だがどの色であっても同じ色に染まるが故に、分からない。
 それが血なのか、それともただの液体なのか。
 後になって気付く。それが殺めた人間の血なのだと。

 だがそれを着ると決めたのはリザ自身の意志。
 父は最期まで軍に芳しくない印象を持ち続けていたが、それでもこの世の理が錬金術師の言うように「等価交換」ならば。
 払うべき犠牲は、代価は。
 それをリザは知っていた。払う覚悟も、また出来ていた。

 ひとことに軍人と言っても色々ある。特に軍が力を握っているアメストリスでは、他国では公務員と呼ばれる文民が行うそれを行うのも軍人である。その一方で、戦闘の指揮を執るのも勿論軍人であるし、国家錬金術師と呼ばれる優秀な科学者もそれに含まれる。要するに、定義が広い。しかし有事の際にはそんなことは関係なく、戦地に駆り出される。それがアメストリスでの理だった。
 そう、前代未聞とさえ言われたかの内戦の時のように。
「イシュヴァールであんな思いをしたのに結局この道を選んだのか」
 紺青色の服を纏ったリザを見た開口一番、ロイはそう言った。そこにリザの知っている優しい表情は無かった。厳しい軍人の顔をしていた。同時に何かを秘めているようでもあった。
――――それで良かった。共に代価を払う身ならば、余計なものは要らない。リザは彼の優しい表情が見たくて軍服に袖を通したわけでは無い。
「銃はいいです。剣やナイフと違って人の死にゆく感触が手に残りませんから」
 その気になれば、遠く離れた場所からでも殺すことが出来る。殺したという感触も、感覚も残らない。だから殺し続けることが出来る。
 血の川を渡り切るためには、未来に幸せを享受させるためには、立ち止まることなんて出来ない。
「欺瞞だな。そうやって自分を誤魔化して手を汚し続けるのか」
 リザの言葉に目を見張った後、少しだけ哀しそうな顔をしてロイは続けた。
 彼の願いを彼女は知らない。
「そうです。手を汚し血を流すのは我々軍人だけがすればいい」
 それに、と続けたところでリザは一度言葉を切った。
「それはあなたも同じでしょう?」
「………。」
 人を殺める感覚が残らないのは、彼も、国家錬金術師も同じ。
 ただ、方法が違うだけで。引き金を引くか、物質を再構成するか。
 彼は一度、瞼を伏せた。そして、
「君にその覚悟はあるのか?」
「その上で私はいまここに」
 リザの言葉から数拍置いて、ロイは長く息を吐いた。
「…そうか。ようこそ、逃げることの許されない世界へ。君を私の補佐官に推薦しよう」

Date:2009.03.26
イシュヴァール戦後(GC15巻)派生。
長編序章。お付き合いいただければ幸いです。