■赦してなんて言わないけれど(F.A-R*R)
「―――人を撃ったことがあるの?」
少女にそう訊ねられて、一瞬どのように答えるべきかと迷った。
一枚挟んだ壁の向こうの話を、彼女は少なからず聞いていると思ったから。
だが、嘘はつけなかった。自分はイシュヴァールを経験していて、軍服を身につけているのだから。
職業軍人は、人を殺し、殺されるリスクを負う。
それが、払うべき犠牲であり代価なのだ。
「あるわよ。たくさん、ね」
彼を殺そうとしていたイシュヴァール人を射撃したことを思い出す。
それだけではない。数えきれないほどの人間をこの手で殺した。
正直に答えれば、軍人は嫌いだと彼女は言った。両親は内乱に連れていかれ、家族同然の兄弟さえも連れて行こうとしている。
「軍人が連れていくんじゃないわ。あの子たちが自分の意志で決めることだもの」
正直、人の命を奪わなければならない軍人と言うのはあまり好きではないと言えば、彼女は少し意外な顔をしていた。
正しいようで、矛盾している。だから、彼女が軍に居る理由を訊ねてきたのはごく当たり前のことだ。
彼にも訊かれたことがある。イシュヴァールであのような思いをしたのにこの道を選んだのかと。
「守るべき人がいるから。でもそれは誰に強制された訳でもない、私が決めたこと。私は私の意志で引き鉄を引くの。守るべき人のために」
それが彼女にとって、軍属である理由になったかどうかは分からない。
だがそれが、あの内戦を経験した、血の河を渡ると決めた自分の理由なのだ。
血の河を渡ることが償いだとか、赦しを乞うためだと思ったことは無い。
自分の中で殲滅戦は一生終わらず、それを背負って生きていくのだから。
*
「君も、何か話していたようだな」
形だけの馬車に乗り、駅へと引き返す途中、ロイは言った。
リザが、あの状況で訊いていたのかと思ったのが分かったのか、握手していたから、と彼は付け加えた。
駅までは、もう少し距離がある。
「―――どうして軍人になったのかと訊かれました」
「何と答えたんだ?」
ロイは、その答えが難しいことを知っているのだろう。問い質すようではなかった。
「あなたに言ったことと同じようなことを言いました」
話をした少女の家は、徐々に小さくなっていく。
「…責められはしなかったか?」
少し、心配しているようですらあった。いえ、とリザは否定する。
「ただ、答えになっていなかったかも知れません」
ロイは笑わなかった。彼もまた、否、彼女以上に、イシュヴァールを知っている。
「子どもは知らなくて良いこともある」
手を汚し、血を流すのは軍人だけがすればいい。
「ですが、彼は――」
続きの言葉をロイは正確に受け継ぐ。
「国家錬金術師になる―――人間兵器になるリスクを負ってでも、成し遂げる。その覚悟が必要だろうな」
もしかすると、とリザは思う。
彼は、兄弟に自分の姿を重ねたのかもしれない。
人殺しを強制されるリスクを背負ってでも、目標を追う自分を。
打ち砕かれた彼の理想。それを可能なことにしたいのならば、それ相応の危険を覚悟してでも突き進む。
可能性があるなら、それに縋って欲しかったのかもしれない。
「そうですね」
リザは同意して、ロックベル家を振り返る。
彼らが渡るのは、泥の河。知っていてもなお、立ちあがって歩く覚悟があるのなら。
そこまで考えて、自分もまた彼らに何かを重ねているのかもしれないと思ったのだった。
Date:2010.08.10
24話(GC6巻)あたりの話。
目的優先とか言いながら大佐は人を放っておけなくて、
そして兄弟に自分を重ねた部分があったのではないかと思います。